
8月4日、日本中がびっくり仰天するような記者会見がおこなわれました。会見の主は大阪の若きリーダー吉村洋文知事。新型コロナウイルスの軽症患者がポビドンヨード配合のうがい薬を使ったところ唾液中のウイルスの減少が認められたと胸を張ったのです。世界中の科学者が血眼になって予防薬や治療薬の開発に取り組む中、なんと、うがい薬が救世主になるかもしれないという。「そんなバカな!」と思う反面、「もしかしたら...」と考えた人々が、うがい薬を求めて薬局に殺到しました。結果としては拙速に過ぎる発言だったわけですが、この『吉村劇場』に信憑性を与えたのは、記者会見の冒頭で放ったひと言でした。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマス広告の制作は、「誰が言うか・いつ言うか・どう言うか」の3つをいかに効果的に演出できるかで結果の優劣が決まります。そして、このセオリーが不作為にピッタリはまって、うがい薬の爆売れにつながったのが吉村知事の"うがい薬会見"でした。
当時の吉村知事は連日のようにテレビに出演して、その明快な発信力と疲れ知らずの行動力で人気はうなぎ上り。世論調査では小池都知事を抜き「最も評価できる政治家」としてクローズアップされました。あらゆることが不透明なコロナ危機下で、吉村知事のリーダーシップは確かに頼もしさに満ちていました。そんな矢先、緊急記者会見を招集した吉村知事の口から飛び出したのが、「ウソみたいなホントの話をこれからさせていただきたいと思います」という言葉だったのです。
最高のタレントと絶妙のタイミング
このとき、会見に参加していた多くの記者は唖然としたそうです。常識的に考えれば、戦後最大の国難と言われるコロナ禍に、「ウソみたいなホントの話をします」などと子供じみた前置きをして話を切り出す政治家はいません。ところがこの時期の吉村知事は、府民や国民から絶大な信頼がありましたし、何を言っても受け入れられました。そんな人気者の知事が、あえてこのタイミングで言うのだから「きっとこれは真実に違いない!」と、逆説的に考えたのです。
計らずともこれは、人気の高い芸能人などを起用する"タレント広告"の手法と同じです。ビール好きで有名なタモリさんに、発泡酒を飲ませて「う~ん、うまいねぇ」と唸らせたことで、多くの人が「タモリが言うならウソはないだろう」と思ったように、吉村知事の「ウソみたいなホントの話」は庶民の心に火をつけ、人々は「われ先に」と薬局に走ったのです。
今なお健在!ポビドンヨード救世主論
後日、吉村知事は会見の内容が不正確であったということで、半ば逆ギレしながら釈明に追われ、ひと頃の鼻息の荒さはトーンダウンしてゆきました。その一方で、自らが火をつけた『ポビドンヨード救世主論』は今なお健在で、代表格の「イソジン」は人気が高く入荷すれば完売必至だそうです。
社会的に考えれば、それはコロナ対策の行き詰まりとも考えられますが、メーカーにとっては"棚から牡丹餅"的なラッキーキャンペーンになったことは間違いないでしょう。こうした結末についてはずいぶん批判もあったようですが、「ウソみたいなホントの話」は、出口の見えないコロナ禍において、小さな希望を持たせてくれた秀逸コピーだったと思います。

■記事公開日:2020/10/08
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣