ココロが動いた!秀逸コピー #9

#9 高級食パン専門店

ここ2,3年、"食パン"の専門店が相次いでオープンしています。食パンといってもスーパーやコンビニで売っている量産品とは違い、価格も2斤(ほとんどの店が2斤売り)で約800円と、食べ盛りのお子さんがいるご家庭には不向きな高級品。それでも新店舗がオープンすれば行列が絶えない繁盛ぶりです。
数ある高級食パン専門店の中でも、ひときわ異彩を放っているのがベーカリープロデュ―サー岸本拓也さんが手掛ける店舗の数々。個性的な看板とキャッチーな店のネーミングに、思わず足を止めてしまいます。そんな岸本さんのプロデュース店が、私の最寄り駅前にオープンしました。そのネーミングがこれです。
考えた人すごいわ
モノはいいのになぜか売れない。ところが「ネーミングを変えた途端に爆発的に人気が出た」というのはよくあること。メジャーなところでは、伊藤園の「お~い、お茶」やサントリーの「BOSS」、ネピアの「鼻セレブ」などがその代表的な成功例と言っていいでしょう。ネーミングの開発は、読みやすさ、耳ざわりの良さ、覚えやすさといった3要素を基本としつつ、差別化できる表現に落とし込むことがセオリーと言われます。簡単なようでいて、実はコピーライター泣かせの仕事です。
自らもベーカリーを経営しつつ、そのかたわら、日本全国に高級食パンの繁盛店をオープン(パンづくり未経験者でもOKの開業支援)させてきた岸本さんの真骨頂は、まさにそのネーミングです。ただし岸本さんは、基本だのセオリーだのというチマチマしたことにはこだわっていません(そう見えます)。良くも悪くも、高級食パンの店とはとうてい思えないインパクチュアルな店舗ネーミングで大成功を遂げました。

岸本系店舗のネーミング論

「考えた人すごいわ」「バブリーいくよ」「夜にパオーン」「乃木坂な妻たち」「キスの約束しませんか」「わたし入籍します」「不思議なじいさん」などなど、岸本さんが名付けた高級食パン専門店は、ほぼ全国の都道府県を網羅していて、これらを称して「岸本系」などと呼ぶそうです。岸本さんのネーミング論、というかベーカリープロデューサーとして店舗ネーミングに対する考え方は、「ありきたりよりクレイジー」、「ダサさも突き抜けるとカッコよくなる」といったものだそうで、理詰めで言葉を選んでゆくコピーライターの仕事観とは相反します。
岸本さんのネーミングに理解を示すコピーライターはまずいないと思います。「これはネーミングじゃない。ただ目立ちたいだけの冗談レベル」と切って捨てる人がほとんどでしょう。ただ、そんな冗談ワードを冠した店に連日行列ができているという動かしがたい現実があるのです。
さらに言うなら、岸本さんのネーミング料金は1店舗あたり50万円。個人店にとっては大きな投資だと思いますが、提案したネーミングに首を横に振ったオーナーはこれまでに1人もいないそうです。さて、皆さんならどうでしょう。「お店の名前は"夜にパオーン"でいきましょう。これであなたも繁盛店オーナーの仲間入りです」と言われて納得できるでしょうか?

味は本格派、発想はクレイジー

実は隣町に「銀座に志かわ」というお店があって、たびたび利用しています。「銀座に志かわ」は、「乃が美」と並ぶいわゆる高級食パン専門店のパイオニア的存在で、意表を突いたネーミングなどない"味一本"で勝負してきた有名店です。ならば「考えた人すごいわ」より格段に美味しいのか、と言えばそんなことはない。それぞれに味わい深さがあって優劣はつけられません。
つまり岸本さんの言う「ありきたりよりクレイジー」はここを指しているのです。高級食パン専門店としては後発である「岸本系」が、同じ土俵で勝負するなら決定的な"違い"を打ち出さなければなりません。そこで岸本さんが志向したのが、「味は本格派だけれども、店づくりはクレイジーな発想で」といった新しいビジネスモデルです。
当たり前に考えれば、「考えた人すごいわ」も「バブリーいくよ」も「乃木坂な妻たち」も、高級食パン専門店のネーミングとして相応しいとは思えませんし、50万円も払う価値はないと思います。ただ、先行する競合たちが牙城を固める市場では、当たり前に考えていてはその城壁を崩すことはできません。「美味い!」だけでは勝ち目はないのです。
そこでもう1度お聞きします。もしあなたが高級食パンの専門店を開業するとしたら、「夜にパオーン」や「わたし入籍します」といったクレイジーなネーミングで店を飾ることを喜んで受け入れられますか?
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■記事公開日:2021/08/11
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣

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