
多くの人は「限定」という言葉に弱い。その原因は「希少性に惹かれる」という"日本人の性"に由来していて、「今買わないとしばらく手に入らない。食べられない」といった心理を突いているからです。こうした心理を消費意欲に結びつけるのが限定マーケティングです。例えばハーゲンダッツのように、もともとポテンシャルの高い商品が希少性をチラつかせれば、ヘビーユーザーでなくとも気になるはず。スーパーのアイス売り場でこんなコピーを見かけたら、思わず手に取ってしまうのは自然な成り行きと言えます。
長引くコロナ禍で、在宅での休憩タイムに私はハーゲンダッツばかり食べていました。一般的に、アイスクリームは夏場が需要期になりますが、ハーゲンダッツは限定マーケティングを販売戦略の要として、年間を通じて売れ続けています。
限定マーケティングとは、期間限定や数量限定、地域限定など、限られた条件の中で販売する手法のことです。ハーゲンダッツの場合は、定番商品以外に年2回新フレーバーを期間限定発売することで、一年を通して途切れることなく顧客の食指を刺激することに成功しているのです。
限定マーケティングは心理戦
中国の人気ニュースアプリ『今日頭条(ジンリー・トウティァオ)』は、コラム記事の中で日本人の"限定品好き"を次のように取り上げています。「各国に限定品ビジネスは存在するが、日本には到底及ばない。日本人ほど限定商品に執着する国民はいない。衣食住のあらゆるモノに限定品が存在していて、なんと音楽CDにすら"初回限定版"というものがある」と紹介しています。
日本人の"限定品好き"についてマーケターの清野裕司氏は、「日本の豊かさと密接な関係があるのでは」と推測します。日本人は既に多くを所有しているため、実際には買う必要のない商品が多い。ところが、POPのキャッチコピーに「限定」のひと言が付くだけで、本来的には不必要だったモノに希少性が生まれ、消費意欲が刺激される。そこが、限定マーケティングは"心理戦"と言われる所以だそうです。
また、日本には四季があることも少なからず影響していると言います。桜の季節になれば菓子店には「春限定」の菓子類が並び、夏になれば『冷やし中華はじめました』の吊り下げ旗が中華料理店の軒先に揺れる。こうした季節を愛でる日本人独自の感性が、「限定品」に対する執着心に影響を及ぼしているそうです。
消費意欲を刺激する2つの心理効果
限定マーケティングで消費意欲を刺激するためには、アピールしたい商品の特性(大量生産品か否かなど)に合わせて、相反する2つの心理効果を使い分けることが必要です。
バンドワゴン効果
買うつもりはなかったけれど、「大人気で間もなく完売!」「期間限定発売!」といったキャッチコピーを見た途端に欲しくなる。そんな経験はないでしょうか?自分の消費欲求とは別に、自分よりも先に受け入れている人が大勢いることを知ると「乗り遅れるな!」とばかりに消費意欲が高まる心理現象をバンドワゴン効果といいます。ハーゲンダッツは、まさしくこの効果を販売戦略に用いています。
バンドワゴンとは先頭を走る楽団車のことで、「バンドワゴンに乗る」という言葉には「流行に乗る」という意味があります。つまり、「皆と同じ選択をしていれば大丈夫」という安心感がその背景にあって、商品そのものよりも、商品を取り巻く環境(人気や売れ行き)を強調することで消費意欲を刺激します。
スノッブ効果
バンドワゴン効果とは逆に、「大多数が持っているから、自分は持ちたくない」「食べたくない」、或いは、「お気に入りの洋服だったけれど、街で同じ服を着ている人を見かけたら着たくなくなった」などといった心理現象をスノッブ効果と呼びます。
例えば、「ユニクロの服は安いけれど、多くの人と被るからイヤ」という人は万事において独自性を求める傾向があります。こうした人は「数量限定!再生産なし!」などといった、商品そのものの希少性や限定感を一層強く打ち出したアプローチによって、消費意欲が刺激される傾向にあります。
直近では、スウォッチのニュースリリースが秀逸です。『高級時計のオメガとスウォッチがコラボしたスピードマスター・ムーンスウォッチコレクションが3月26日から一部のスウォッチストア(原宿、渋谷、大阪)で限定販売!』と広報されて大きな話題になりました。実際には、店舗へ1500人以上の客が押し寄せ、26日の販売は延期になってしまいましたが、これなどはスノッブ効果を意識したアプローチの成功例です。
スピードマスター・ムーンスウォッチコレクションに群がったスウォッチコレクターのみならず、時として、人間の希少性へのあくなき欲求には驚かされます。だからこそ、希少性への心理的トリガー(バンドワゴン効果・スノッブ効果)を応用したPRが効果を発揮し、さまざまなシーンで応用できるのです。御社のニュースリリースやメールマガジンなどの作成時にも活用してみてはいかがでしょうか。

■記事公開日:2022/03/29
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣