領国経営 影の実力者たち 領国経営 影の実力者たち

領国経営 影の実力者たち

経験を活かし、制度を設け、スピード感をもって実行する。いま見直される、江戸飢饉を生き抜いたリスクマネージメント。松平定信 上杉鷹山 渡辺崋山

新型コロナウイルスの感染症拡大は経済にも深刻な影を落としている。一部には今の状況を1929年に起きた「世界大恐慌」と重ね合わせて警鐘を鳴らすエコノミストもいる。当時の失業率はおよそ30%まで拡大したというから、現代の日本に当てはめると約1800万人もの失業者を出すことになる。これはもう想像できない異常事態だ。しかし、あらゆる状況を織り込み済みで考えなくてはならないのが会社経営だ。歴史を遡っても、常に最悪の状況を想定して備えをしておくことが、今で言うBCP対策(事業継続計画)の基本になってきたことは明白だ。そこで今回は、多くの生命を奪い、経済を破綻させた江戸時代の大飢饉を生き抜いた3人の名君の働き(危機対策)に注目してみたい。

江戸飢饉は"経済最優先"が招いた人災だった

江戸時代は、大小30回以上の飢饉に見舞われた。中でも「天明の大飢饉」はおよそ6年間も人々を苦しめ、江戸時代で最も大きな被害を出した。大洪水や大地震、浅間山の噴火などが立て続けに発生し、その後、長く続いた天候不順によって農作物が壊滅的な被害を受けた。飢饉による餓死者は50万人にも上るともいわれており、洪水や地震、病死数を加えると、150万もの人々が亡くなっている。特に東北地方の被害は甚大で、弘前藩では人口の3分の1にあたる8万人が餓死。津軽藩でも人口の3~4割にあたる8万人、盛岡藩でも6万人の人が亡くなったと伝えられている。

しかし、これを"天災"と言って片づけることはできない。なぜならその背後には"領国経営のミス"という人災的側面もあったからだ。
当時の老中・田沼意次の政治思想は「何より貨幣経済最優先」というもので、商業中心の政策を打ち出し、作物を売買して貨幣を手元に置くことを推奨した。それに順じて各藩は米を売却して貨幣に替えていたわけだが、消費文化が根付いてくると、やがて"浪費"に金銭が回っていくようになる。そしてその風潮が拡大してゆくと、東北地方の諸藩は財政難に陥り、とうとう藩が備蓄していた米すら江戸や大坂に送り貨幣に換金するようになった。そこを大凶作が襲ったのだ。みるみる米価は上昇し、米が手に入りにくくなり、飢饉は全国に拡大していった。
ここで考えなければならないのはそれぞれの藩の危機管理だ。「天明」以前にも飢饉は何度となく繰り返し発生しているわけで、難局を乗り越えて生き残るためには日ごろから対策を講じておくことの重要性はどこの藩でも知っていたはずだ。ところが、経済優先で突っ走り、リスクマネージメントを侮っていたほとんどの藩は甚大なダメージを被ることとなった。

現代に置き換えてみよう。たとえ、企業がいかに優れた商品・サービスを提供していたとしても、たった1つの災いが経営の命取りになることも少なくない。たとえば、妙な噂がネットで拡散されただけでも信頼や売り上げは落ちる。それがデマだとしても、その間に減少した売り上げは誰も補填してくれない。より大局的に見れば、バブル経済の崩壊以降、リーマンショック、東日本大震災、国際組織によるテロ、新型コロナウイルスの蔓延など、わずかな期間に、次から次へと社会的な危機は訪れる。考えようによっては、江戸時代よりも、現代の方が遥かに危機対策が必要な時代と言えるだろう。
現代は江戸時代よりも危機管理対策が必要だ 現代は江戸時代よりも危機管理対策が必要だ

スピード対応で領国を救った白河藩・松平定信

危機対応には「スピード」が必要だ。今回のコロナ禍における自治体の対応はまさしくその差が浮き彫りとなった。「専門家の意見を聞いて」という言葉を隠れ蓑にして、いつまでももたもたしている国に先駆けて、いち早く独自路線を打ち出して株を上げた首長がいる一方で、トンチンカンな発言をして不評を買ったトップもいる。もちろんそれは企業も然りである。

天明の大飢饉に際して、最大の被害地となった東北地方にありながら、松平定信の白河藩では領民からの餓死者は一人も出さなかったと言われている。もともと定信は、領民に対して質素倹約を説き、自らも実践していた。そして開墾を奨励し、藩全体で万一の場合に備えて米の備蓄や金銭を貯めていたという。そうした備えがあってなお、飢饉の反動で各地で打ち壊しなどの事態が起き始めると、即座に、余裕のあった越後から米を買い入れ、さらには各地から雑穀も買い集めた。また、地元の庄屋や豪農などからは寄付を集め、これらを領民に一気に配給したのだ。

白河藩と他藩の本質的な違いは「食料の備蓄量」と「圧倒的なスピード感」の差で、この2つで危機を乗り切ったというわけだ。これは「リーダーの危機管理意識と決断の速さが領民の命を左右する」という好例である。松平定信は、その手腕が買われ、後に幕府の老中に任ぜられることになる。のちに「寛政の改革」を実行したのがこの定信だ。

危機対応には「スピード」が必要だ 危機対応には「スピード」が必要だ

未来も救った米沢藩・上杉鷹山の制度設計

"為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり"
この名言を残した米沢藩の上杉鷹山は、現代のBCP対策にも通じるハイレベルなリスクマネージメントを行っていたリーダーだった。

藩主に就任した鷹山は、過去の経験から米・穀物や金銭を貯蔵しておく「備荒貯蓄制度」を開始して、飢饉に際しての準備をしていた。1783年になると天候不順が続き"大凶作"が懸念され始める。そこで鷹山は、藩士や領民に白米を食べることを禁止して、さらには米を原料とする酒や菓子などの製造も中止させた。その一方で領民には「イザというときに食べることができる植物」を敷地内に植えさせて、それらに加えて周辺に自生している植物や果実なども食べるよう推奨したという。これがのちに「糅物(かてもの)」と呼ばれる主食節約のための代用食となった。
また、米の蓄えに余裕のあった越後や庄内地方などから大量の米を買い入れ、藩内のすべての蔵を開放し、米・穀物を藩士や領民に配給した。その結果、米沢藩も一人の餓死者も出すことなく飢饉を乗り切ったという。

蓄えが底をつき始めると、鷹山は新たな備蓄制度を設計する。藩士・領民ともに、収入に応じて一定の穀物や金銭を積み立てることを義務付けたのだ。今でいう財形貯蓄のような考え方だ。この制度は20年という長期計画であり、実際には目標達成までは23年かかったというが、これがのちに生きてくる。また、代用食となる動植物の調査を実施して、万一のときの手引書『かてもの』を作成、領内に配布した。

天明の大飢饉から約50年後、1835年から1837年にかけて発生した「天保の大飢饉」では、米沢藩は鷹山が残した『かてもの』に従い、藩主自ら白米を断ち、それに倣って藩士・領民もこれを実践した。その結果、藩内から死者を出すことはなかった。鷹山が作り上げた「金銭・食糧等備蓄制度」と「危機対応マニュアル」が、領国の未来をも守ったのだ。

将来を守る計画を立案・実行しなければならない 将来を守る計画を立案・実行しなければならない

"備えながら利益を出す"田原藩・渡辺崋山の新発想

米沢藩と同様に、天保の大飢饉で犠牲者を出さなかったと伝えられるのが田原藩だ。家老の渡辺崋山は、飢饉に対する日頃の心得を説いた『凶荒心得書』を作成。綱紀粛正や倹約、民衆の救済を最優先すべきことなどを説き、藩士の給与改革や備蓄庫の整備をおこなっていた。さらには、穀物を領民から徴収したり、有力者からは寄付を集めるなどして非常時の備えも怠らない。

そうした一方で、穀物が腐敗する前に安価で売却したり、集まった金銭を低利で貸し付けたりするなどして、飢饉に備えながらもちゃっかり利益も上げるという新発想で危機管理を行っていたのだ。このあたりは「石橋をたたいても渡らず、他人を先に渡らせる」といわれる三河商人ならではのリスクマネージメントの在り方なのかも知れない。

米沢藩、田原藩の例を見ていると「過去の経験から学び、そこから計画を立て、発展させて将来に活かす」といったステップを踏んでいることがわかる。そうした視点で考えるなら、いま我々が直面しているコロナ禍への取り組みは、各人それぞれが当事者意識を持って実践し、将来、また新たな災いに世界が見舞われた時には、より確かなものとして活かせる知恵に変えてゆかなくてはならない。

コロナ自粛により、多くの企業が交代勤務や時差出勤、テレワークなどを導入した。そのメリットもデメリットも経験したことにより、自粛後の働き方は大きく変わるであろうとも言われている。つまり今は、時代の転換期でもあるのだ。にもかかわらず「自粛が明けたら今まで通りでやろうじゃないか」とノンビリ構えていてはとても生き残ってゆけるはずはない。近い将来を見据えて、今から手を打っておくことは、もはや必須の経営課題と言えるだろう。

新しい発想での危機管理も考える時代だ 新しい発想での危機管理も考える時代だ

どうする? 内部留保が期待できない中小企業

リーマンショック以降、大企業の多くは「内部留保」を増やしてきた。2019年9月に財務省が公表した「法人企業統計」によると、2018年度の内部留保(利益剰余金)は7年連続で過去最大を更新。金融業・保険業を除く全産業ベースで、前年度と比べて3.7%増の463兆1308億円に達したという。
内部留保は設備拡充や技術開発などの再投資に回されるべき性質のもので、給与や配当に回すものではない。また、すべてが「現金(手元資金)」というわけではないので、「会社にため込んでないで、株主や社員に還元しろ」というのは見当違いの主張でもある。しかし、日本企業が現預金を増やし続けてきたのは間違いなく、今回のコロナ危機で雇用維持のために現金を回す企業も増えることは間違いないだろう。

本来的には、中小企業(少人数であればあるほど)こそ「現金をできるだけ多く貯める」ことが経営の足腰を強化する手段になる。しかしながら、それが容易に出来るほど今の日本経済は安定していない。だからこそ、中小企業のリスクマネージメントは「堅実さ第一」といった視点で考えて、より有利な仕組みを積極的に活用するべきではないだろうか。一例を挙げるなら「経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)」はどうだろう。今回のような「もらい事故倒産」もありうるような状況では、資金繰りを国に頼るよりも遥かに強いセーフティネットになると考えられる。

独立行政法人 中小企業基盤整備機構
https://www.smrj.go.jp/kyosai/tkyosai/

今は大きな影響がなかったとしても、リスクの多い時代の経営は、早めのリスクヘッジが必要だ。ましてや、われわれ中高年のビジネスマンは、バブル経済の崩壊やリーマンショックという大きな経済危機を経験している。だからこそ、その時の経験を活かし、未来に備える経営を心がけ、将来に活きる計画を立てて「ビジネス戦国時代」を生き抜いてゆかなくてはならない。多くの場面で自粛を強いられる今、そうした思いを強くしているのはきっと私だけではないだろう。

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■記事公開日:2020/05/27
▼構成=編集部 ▼文=小山眞史 ▼イラスト=吉田たつちか 

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