社名を口にするほとんどの人から「評論家の三鬼陽之助さんとはどういうご関係ですか」と聞かれる。初代の高橋弘昌社長が大ファンで、勝手にその名をいただいたと説明すると、けげんな顔になる。

  私が知遇を得たのは社長になって数年後の十二年ほど前のあるパーティーだった。「同名の会社があるのは知っていたが、どういう仕事か」と問われ、オフィスビル仲介と答えたところ「これから伸びる業界」と激励してもらった。

  こちらは若造、近付きがたく怖い人と思っていたのに、会う度に「頑張っているか」と励ましの言葉。銀座で同席した時など、居合わせた著名な財界人があいさつに来る。紹介しようと言って下さるが、お付き合いは日常の仕事を超えたもの。丁重にご遠慮申し上げている。

  渋谷の自宅を訪問した時、色紙に「いかに/天与の才人でも/迷いつまずき/転び傷ついて/血を流し/泥まみれにならないと/本物の仕事はできない」と書いていただいた。山本周五郎の「樅の木は残った」の一節とのことだが、せいぜい一文字と思っていただけに、大いに感激した。色紙は「社宝」として本社に飾り、行き詰まることがあると声をだして読む。まだまだ泥まみれになっていないと元気を出す。

  実は社名の由来には、数人で始めた会社だが、そのうち三人が鬼神さながらに働いて大きくしたので「三鬼」としたという異説がある。先代の高橋社長から詳しい事情を聞かずじまいだが、この社名のおかげで三鬼先生と知り合えた。「社名は勝手にいただいた」と私は理解している。

飯嶋 清 (いいじま きよし) 三鬼商事社長
転載:日本経済新聞交遊抄 1997年1月14日

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