リーダーズ・アイ リーダーズ・アイ

リーダーズ・アイ

常に自分を更新してゆこうという気構えは、現役である限り絶対条件ですね。

コニー・フランシスが1961年に発表した『Pretty Little Baby』。その翌年、
中尾ミエさんのカバーによる『可愛いベイビー』が100万枚を超すミリオンセールスを達成。
日本の歌謡史に残る大ヒットナンバーとして、人々の心にその名が刻まれることとなりました。
当時は1曲ミリオンを出せば、その曲だけで10年は食べてゆけるといわれていた時代。
中尾さんは、10年どころか間もなくデビュー60周年を迎えようかという勢いで、歌にダンスに、
そしてバラエティにと、幅広いステージで活躍をされていらっしゃいます。
自らがエンターテイナーであると同時に、
ミュージカルプロデューサーというリーダーとしての顔を持つ中尾ミエさん。
コロナ自粛が解除された東京・青山のイタリアンレストランに、颯爽とお姿を現されました。

後でわかった「健康ですか?」の意味

1962年に「可愛いベイビー」がヒットしまして、これが実質的なデビューとなります。私が16歳の時です。その時代は『アイドル』という概念や言葉がなかったので特別にちやほやされることもなく、むしろこちらのほうが"大人の世界にお邪魔している"という感覚でいましたね。
当時はまだ新幹線も開通していませんから移動はすべて寝台列車。これがまた時間がかかったんです。加えて、その頃の芸能界には今でいうユニオン(組合)のようなものがなかったため、24時間、隙間なく仕事を入れるという感じで、基本的に寝るのは次のステージに向かう列車の中。目的地に着いたらすぐ仕事で、終わればまた次の仕事場に向けて列車に乗ってという、今じゃ考えられない超過密スケジュールで働いていましたね。
テレビや映画の撮影にしたって終わらなければ何時まででもやる。24時どころか、25時、26時、27時、28時という時間があって、それが普通のことと思っていました。ですから、同じ芸能界でも今とはぜんぜん違う世界です。渡辺プロダクションに入社するときの面談で「あなた健康ですか?」と聞かれた意味がその時になってようやく分かりました(笑)。
ただまぁ、私自身「社会に出て働くってことは生半可なことじゃないんだろうな」という覚悟はありましたし、事前に「芸能界っていうのは大変なところだぞ」と叩き込まれていたので、「まだこんなもんじゃないはずだ」という思いがいつもあって、精神的なキャパシティをオーバーすることがなかったんです。

具体的な目標を持つと人は強くなる

私は、「人気者になりたい」と思って歌手になったわけではありません。誤解を恐れずに言えば、お金を稼ぐ労働の手段として歌手という選択肢があったということです。芸能界入りのそもそもの理由は「家計を助けて家を建てたい、そのために早くお金を稼ぎたい」という現実的なものだったので、どれだけ仕事が忙しくても、辛いとか、辞めたいとか、普通の女の子に戻りたいなどとは、これっぽっちも考えたことがありませんね(笑)。ほんわかした夢ではなくて、具体的な目標を持つと人は強くなるんですよ。
また、時代も時代でしたので、皆生活を抱えていましたから、若者らしい甘い夢を見ているヒマなんてありませんでした。むしろ、15、16でこの世界に入って怒涛のごとく働いていたので仕事のことしか分からない。自由な時間を与えられても、その貴重な時間をどう過ごしていいか分からずに持て余しているのが実情でしたね。
世の中が変わってきたので昔と今を単純に比較することはできませんが、私たちの時代は「これ」と決めたらそこしか働く場所がなかったんです。でも今は、仕事の選択肢がたくさんありますよね。それに、よっぽどのことがなければ食べていけないこともありません。ですから「ハングリーなほうが成長できる」などという精神論は通用しないし、必要もないんです。
芸能界でも若い子の中には、「いまだけ輝けて楽しければいい」と公言しちゃう人もいますが、それでもいいんだろうと思います。だって、つまるところ私たちは一匹狼ですからね。責任が取れる範囲で、自分で決めたことをやりたいようにやればいいんです。「これが正しい」といったセオリーなんてありません。ただ、一本筋が通っていない人は、本当に途中で消えていってしまいます。私としてはもちろん大歓迎です。だってそれだけ競争相手が減るわけですからね(笑)。私は今だって、それくらいの気持ちでいますよ。

老いも障がいも、決して他人ごとではない

2008年に"介護"をテーマにした『ヘルパーズ』というミュージカルで主演を務めました。これは私の初めてのプロデュース作品でもあります。その頃の日本のミュージカルは東宝や松竹といった大企業が仕切っていて、有能な人材が入り込む余地がなかったんです。「ならば私がミュージカル製作の新しいモデルをつくろう」と思い、長年一緒に仕事をしてきたスタッフを巻き込んで、彼ら彼女らがさらに活躍できる場づくりに乗り出したのがそもそものきっかけです。
ちょうどその頃は、介護の仕事が社会的な問題としてクローズアップされ始めた時期で、偶然メンバーの中にも介護の資格を持っているスタッフがいたことから、介護ヘルパーの働きにスポットライトを当ててオリジナリティの高いストーリーにすることが実現しました。ただ、テーマ自体が重いものですから表現をする上では随分と苦労しました。
ストーリーの中では、介護制度の矛盾や不治の病、老いの葛藤といった部分にも触れています。そうした問題と真正面から向き合おうとすれば、必然的にセリフが重苦しく生々しいいものになってゆきます。普通のお芝居ではなくミュージカルだから成立した企画だったと思いますね。試行錯誤はありましたが、歌やダンスを織り交ぜながら、笑って泣けて考えさせる、明るいエンターテイメントに仕上げることができたと自負しています。
また何より、この仕事を通じて私の意識が変わりました。老いることや障がいといったことも「決して他人ごとではないんだ」と実感するようになりました。エンターテイナーとしてというよりも、人として一段成長できた仕事だったと思っています。

リーダーはパーフェクトである必要はない

ミュージカルをつくるためには莫大なお金が必要になります。そして、それを調達してくるのがプロデューサーの一番大事な仕事です。幸いにして私の場合は、長い芸能生活の中で縁を得た方々が好意的なサポートをしてくださり、制作会社のほうから「もう十分です」と言われるくらいのお金が意外にすんなり集まったんです。
ただ、いくらお金集めができても、私の思いをブラッシュアップして具現化してくれるスタッフがいなくては何も始まりません。作品の方向性が決まれば、それに基づいた脚本や音楽、ダンスの振り付けや総合的な演出など、各々の持ち場で力を最大限に発揮してくれる信頼できる人材が必要です。その点『ヘルパーズ』のスタッフは、それぞれに長年一緒に仕事をしてきたメンバーでしたからスムーズに仕事が進みました。
これはきっと皆さんの仕事でも同じでしょうが、プロジェクトを進める時は、チームのメンバーがリーダーのことをどれだけ理解しているかで、仕事の進み具合や出来不出来が違ってきます。ただ、人と人との信頼関係はそう簡単に築けるものではありません。だからこそ「これはいける!」と思える人と出会ったら、その"ご縁"は大切にすべきです。細かいことにはできるだけ目をつむり、長い目で見ていずれは自分のブレーンとして力を発揮してくれるよう導くことが大事です。私の場合、最初の見極めは直感なんです。でも、その直感が見当はずれだったことはほとんどありませんね。
「1年や2年じゃ人は育たない、深いところで理解し合えない」、これが私の自論です。『ヘルパーズ』のスタッフも10年、20年と一緒に仕事してきた人たちで、常にいろんな話をしながら成長の過程や信頼関係のようなものを見極めてきました。そうした人たちでチームが出来てしまえばリーダーは楽ができます。リーダーだからといってパーフェクトである必要はないんです。いろんな人の知恵や力を借りながら物事を進めてゆけばいい。ところが、往々にしてリーダーと言われる方には完璧主義者が多いですね。だから疲れていつも不機嫌なんです(笑)。自分が疲れるだけならまだしも、リーダーが不機嫌だと周りのほうがピリピリして空気が悪くなりますからね。そうしたチームは不幸ですし、いい仕事はできませんよね。

生き甲斐は目標があるから生れてくる

『ヘルパーズ』は6年間続けました。ところがそのうちに、「あらあら、私自身がお世話されるほうの仲間入りをしてるじゃないの!」って気づいてしまったんです(笑)。そこで今度は、高齢者の視点に立ったミュージカル『ザ・デイサービス・ショウ』を新たに企画しました。
デイサービスというと、どうしても「仕方なく行く」という感じがあって、送り出すほうも少なからず後ろめたさがある。「何が問題なんだろう?」と考えて出た結論が「目標の欠如」です。どれだけ歳をとっても、人間の生き甲斐というのは目標があるから生まれてくるものなんです。そうしたところからストーリーを練り上げてゆき、ビートルズ世代の通所者たちがロックバンドを組んで、最終的にはショウを開くというコメディータッチのミュージカルに仕立てました。
この仕事では、出演者の皆さんの間にもリアルな物語がありました。正司花江さん、尾藤イサオさん、モト冬樹さんほか、出演者の平均年齢が76歳(2019年時点)と、まさしく高齢者ど真ん中です(笑)。そんな方たちが「楽しくて仕方がない!」と言ってせっせと稽古場に通って来る。そうした姿を見ていて「ああ、こういうのが理想のデイサービスなんだ」と強く思いましたね。
皆さんは、仕事の枠を超えて稽古の日を待ち遠しく思い、楽しんでいらっしゃいました。ロックバンドで演奏するわけですから当然楽器演奏だって覚えなければなりません。「70代から楽器をマスターするなんてムリに決っている」と大抵の人はおっしゃいますよね。でもね、そんなことはないんです。
自分がやりたいことをやる。しかも楽しくやる。これが何より大事なことだと思いますが、その先に目標があれば成長は加速します。楽器が弾けない人は弾けるようにする。しかも、限られた時間の中でお客さまからお金をいただくに相応しいレベルまでに仕上げる。もちろん並大抵のことではありませんが、何歳からでも「これがやりたい!」というものに巡り合って、のめり込めれば、不可能と思えることも可能になるんです。それを『ザ・デイサービス・ショウ』は証明しました。

働くことは今に生きていることの証し

公演旅行は楽しかったですね。日本中をまわって、6時間もバスで移動することもありましたが、皆さん本当に元気でした。それこそ、旅先でバッタリ逝かれる方がいても不思議はないと思っていたんですけどね(笑)、2015年の初演以来、誰ひとり見送ることなく最後まで皆さん元気で楽しく演じ切り、昨年の11月をもって終止符を打ちました。
出演者の皆さんからは「もっと続けたい」という声が挙がりましたし、私も同じ思いでした。ただそうした一方で、今だからできること、今しかできないことがきっとほかにもあって、その「何か」をそろそろ本気で探さなくちゃならない時期にさしかかっているとも感じていたんです。
変化を求めず楽なほうに流されて、そこに甘んじている人もいますが、それなら辞めたほうがいいです。私たちはお客さんにお金をいただいて歌やダンスを披露しているわけですから、常に自分を更新してゆこうという気構えでいることは、現役である限り絶対条件ですね。
皆さんの仕事でも同じでしょ?手の内の仕事だけやっていれば楽でしょうけど、ルーティーン化してしまえば達成感もない。いわば惰性で仕事をすることになるわけです。これじゃあ仕事をくださるクライアントに失礼ですし、なにより自分の人生を無駄にしているようなものです。
私は、働くということは今に生きていることの証しだと思うんです。だったら楽しく働いて、人生も豊かなものにしたいですよね。だからこそ、私はまだ"安住の地"を求めない。胸を張って「私を見て!まだ大丈夫よ!」と言うためにも、新しい「何か」にトライして、今の私を表現してゆきたいと思っています。
Leader's Profile
中尾ミエ Mie Nakao

歌手、女優。1946年6月6日生まれ、福岡県出身。1962年、「可愛いベイビー」でデビュー。その大ヒットで一躍スターとなり、伊東ゆかり、園まりと共に「三人娘」としてトリオを組み一時代を築く。デビュー当時から映画やテレビドラマでも活躍し、映画製作者協会から新人賞を受賞。1977年「片想い」が30万枚の大ヒットとなる。表現力の豊かさ、洒落たおしゃべりが定評で、森山良子との絶妙なコンビでおこなっていたトーク番組「ミエと良子のおしゃべり泥棒」では、その魅力を発揮し長い間人気を博した。現在はバラエティなどでも大いに活躍。

取材後記

中尾さんが溌剌とした若々しさを維持し続けられている秘訣は「節制」です。決まった時間に寝起きをして、三度の食事はしっかり摂る。もちろん夕食を摂った後の飲み食いは一切なし。適度な運動を心がけてスポーツジムにも通う。コロナで自粛していた時は週に3日は家の近くをジョギングする。「人から見れば節制になるんでしょうかね。自分ではそんなふうに思っていませんけど。でもこれって、健康でいようと思ったら全部当たり前のことですね。ただ、その"当たり前"を続けることが案外できないんですね。若いうちはそれでもいいんですよ。でも、歳を重ねてきたらある程度自分を律した生活を心がけないと、仕事でも趣味でもやりたいことができなくなっちゃうでしょ(笑)」。中尾さんの生き方は、まさに『人生100年時代』と言われるいまを、悠々と生き抜くお手本のようでした。

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■記事公開日:2020/07/15 ■記事取材日: 2020/06/24 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=田尻光久

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