日常的に使われる「〜してあげる」という表現は、相手によっては不快に受け取られることがあります。「自分もよく使うけれど、何が問題なのだろう?」と疑問に感じる方もいるでしょう。その理由は、「〜してあげる」には"自分が主導して相手に施す"というニュアンスが含まれ、無意識のうちに上下関係を意識させてしまう点にあります。
こうした場面では、「〇〇しようか?」「〇〇しておこうか?」のように、相手の意思を確認する形に言い換えるだけで印象は大きく変わります。相手の選択権を尊重する姿勢が伝わり、より安心してコミュニケーションが取れるためです。気遣いは行動より先に言葉に表れ、その積み重ねが信頼関係を築きます。
意志を確認する表現にする
相手の受け取り方は言い方ひとつ
「この資料、まとめておいて」という指示は一見すると自然に思われますが、受け手がモヤッとすることがあります。これは「資料整理や雑務は部下が担うもの」というニュアンスが含まれているためです。もちろん悪意があるわけではありません。ただ、悪意のない何気ないひと言だからこそ厄介で、立場上指摘もしづらく、不満だけが蓄積します。「資料まとめくらい若手がやればいい」という思い込みが言葉の奥に潜んでいないか、一度立ち止まる必要があります。
このような場合、「この資料、まとめておいてもらえると助かるんだけど、お願いできる?」と伝えれば印象は大きく変わります。「やって当然」ではなく「あなたにお願いしたい」という意図が自然に伝わるためです。依頼内容が同じでも、言い方ひとつで受け取る側の気持ちは大きく変わります。
選択を求められた際に「どちらでも結構です」と答えてしまうことは少なくありません。しかし、この返答は相手に「乗り気ではないのかもしれない」「判断を避けているのではないか」と受け取られる可能性があります。ビジネスでは、意見を求められているにもかかわらず主体性が見えないと評価を下げかねません。遠慮したつもりが、相手との認識のズレを生むのです。
こうした場面では、「私はA案が良いと思いますが、皆さんはいかがでしょう」と自分の考えを明確に示しつつ、相手の意見も尊重するひと言を添えることで印象は変わります。自分の立場を示すことで議論が前に進み、同時に協働の姿勢も伝わります。遠慮と無関心は紙一重です。その差を埋めるのは、わずかな言葉の工夫と主体的な姿勢です。
周りの意見を尊重しつつ自分の考えを明確にする
無意識マウントは×。思考のアップデートを
相手を不快にさせる原因は、多くの場合、内容ではなく言葉遣いにあります。印象は言葉ひとつで変わるため、まずは自分の思考の前提を見直すことが重要です。
不適切な表現の多くは悪意ではなく、本人は無意識に使っています。しかし、自分にとっての"当たり前"が、相手は"失礼"と感じることがあるのです。
例えば、冒頭に紹介した「してあげる」や「手伝ってあげる」などは、無意識に相手より上位に立つニュアンスを含みます。私はこれを"無意識マウント"と呼んでいます。「無意識なら仕方ない」と思うかもしれませんが、だからこそ思考そのもののアップデートが必要なのです。
言葉は深層心理の反映です。日頃から相手への配慮を前提に考えていれば、自ずと適切で感じのよい言葉が選べるようになります。その習慣が身につけば、どのようなビジネスシーンでも信頼されるコミュニケーションが実現します。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
私はこれまで2万人以上の個別相談に対応し、延べ6万人を超える方々に企業研修や講演をおこなってきました。寄せられる相談の多くは、人間関係に関するものです。相談に訪れる方々は総じて真面目で誠実であり、「性格に問題があるから人間関係がうまくいかない」わけではありません。むしろ、良識ある方ばかりです。ただ、お話を伺っていて感じるのは、「ほんの少し言葉を選ぶだけで、相手に与える印象は大きく変わるのに、その点が非常にもったいない」ということです。職場で信頼を勝ち得る人とそうでない人の差は、実はごくわずかな違いにすぎません。話し方のポイントを押さえるだけで、人間関係は驚くほど改善します。
大野萌子先生 著書のご案内
いつも感じがいい人は こんなふうに話している
言葉遣いは印象を左右する大切な要素ですが、「感じがいい人」は話し方だけでなく、態度やふるまいにも自然な気配りがあります。本書では、そんな好印象を生む"ちょっとしたコツ"を、誰でも実践できる形で紹介しています。丁寧な言い回しから、表情・姿勢といった非言語のポイントまで、ビジネスでも日常でも役立つヒントが満載です。これまでの常識との違いに気づき、すぐに実践できるビジネスパーソン必読の"コミュニケーションの教科書"です。
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■記事公開日:2026/07/28
▼構成=編集部 ▼取材・文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか