近年、企業はオフィスを「人間関係のインフラ」として見直す動きを強めています。キープレス編集部でもオフィス移転の取材を通じて、多くの企業がコミュニケーションスペースやカフェスペースを整備し、「作業をするだけの場所」から脱却しようとする取り組みを見てきました。これは一時的な流行ではなく、オフィス移転における明確な潮流であり、今後オフィスが目指すべき方向性として広く受け止められていくことでしょう。
ただ一方で、意図を持って設計したはずの空間が、本来の役割を果たせず形だけのものになっているケースも少なくありません。結構な予算をかけて洗練されたソファを置いたものの、実際には誰も使わず日中も閑散としている・・・そうした例は決して珍しくありません。
なぜ、せっかく整えたコミュニケーションスペースが機能しないのか。その理由は、空間(ハード)は新しくしたものの、「どう使ってもらうか」という運用の方針(ソフト)がはっきりしていないことにあるようです。日本企業には、まだまだ「仕事はデスクでするもの」という考え方が根強く残っています。そのため、使い方やルールを示さずに空間だけを用意しても、従業員は「ここで何をすればいいのか」、「どのくらいの時間いてもいいのか」がわからず、結果として使いにくい場所になっているのです。
こうした空間を機能させ、オフィスに活気を生み出すための鍵となるのが、近年世界的に注目されている『ワークスピタリティ(Workspitality)』という概念です。これは「Work」と「Hospitality」を組み合わせた言葉で、オフィスを「従業員を大切な存在として迎え、安心できる場所」として捉え直すマインドセットを指します。
コミュニケーションスペースをきちんと機能させるために必要なのは、大がかりな設備投資ではなく、「心配り」を空間づくりに反映させることです。
たとえば、間接照明を取り入れることで、「ここではリラックスしていい」というメッセージを感覚的に伝える。あるいは、本格的なコーヒーやエスプレッソが楽しめるカプセル式のコーヒーメーカーやお菓子を用意する企業も増えています。従業員の心や体の緊張をやわらげ、「自分は大切にされている」と感じてもらえてこそ、空間は本来の役割を発揮します。
オフィスを居心地のよい環境に整えることは、人と人をつなぎ、信頼関係を育み、循環させていく仕組みそのものです。そして、そうした信頼や偶発的なコラボレーションが生まれる土台となるのが、空間に備わった「心理的な居心地のよさ」です。大切なのは、先進企業のハード面を真似することではなく、従業員への配慮をもって迎え入れること。意識を変えるだけで、オフィスはもっと創造的で活気ある場所に変わっていくはずです。

■記事公開日:2026/06/30
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=Adobe Stock