地震や豪雨、台風など、企業活動を脅かす自然災害が全国各地で発生しています。ひとたび大規模災害が起きれば、オフィスや設備の被害だけでなく、従業員の安全確保、通信・電力の途絶、サプライチェーンの寸断など、企業活動そのものが大きな影響を受ける可能性があります。こうした事態に備え、BCP(事業継続計画)を策定している企業も増えていますが、「計画をつくっただけ」では、実際の災害時に十分に機能するとは限りません。では、企業はいま、どのような防災対策を講じておく必要があるのでしょうか。オフィスの安全対策から事業を止めないための取り組み、さらには日常的な心構えまで、企業の経営層や総務部門が押さえておきたいポイントについて、NPO法人東京都防災士会所属の大須賀健一さんに、専門的な視点からアドバイスをいただきました。
大須賀 健一(防災士・中小企業診断士)
大阪府堺市出身、1973年生まれ。同志社大学法学部卒業、福島県立医科大学大学院医学研究科修了。霞が関の行政官庁で25年以上、財政政策・中小企業政策等に携わる。政府系投資ファンドや在サンフランシスコ総領事館でも勤務。2019年、福島県立医科大学特命教授として福島第一原発事故からの復興に国際連携や広報の立場で関わり、レジリエントな防災の重要性を実感。同大学院でリスクコミュニケーションを学ぶ。2022年中小企業診断士登録。2023年防災士登録、2024年NPO法人せたがや防災士会理事に就任。また、中小企業診断士や昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員など、幅広く活動している。福島県中小企業診断協会「人口減少時代における福島県版人的資本経営報告書」共同執筆者。
企業の防災を考えるとき、最初に取り組んでいただきたいのは、「自分たちの会社にどのような災害リスクがあるのか」を知ることです。ハザードマップなどを確認し、地震や水害などが発生した場合に、オフィスで何が起こるのかを具体的にイメージしてみてください。
たとえば、浸水によって設備が使えなくなったり、地震で窓ガラスが割れたり、停電や断水が起きたりするかもしれません。キャビネットや機器、パソコンなどが倒れたり、電気の復旧時に通電火災が発生する可能性もあります。こうしたリスクを把握しないまま、無闇に防災用品を揃えたり避難経路を決めたりしても、実際の災害時に役立つとは限りません。どのような災害が起こり得るのか、自分たちの会社にはどのような弱点があるのか、その結果、何が起こるのかを「想像する」ことが防災の出発点です。
すでにヘルメットや水、非常食などを備えたり、避難経路を表示したりしている企業も少なくないでしょう。ただ、それらが本当に使える状態になっているのか、数量は十分なのか、定期的に確認できているかを見ておく必要があります。
次に必要になるのが推進体制です。防災は一人で進められるものではありません。企業全体の取り組みとして継続できる仕組みをつくることが大切です。そのためにもまず、社内で防災をリードする人を決めていただきたいと思います。企業の規模にもよりますが、経営トップや、防災に関わる意思決定ができる立場の方が中心になるのが理想です。設備管理やロジスティクスなど、災害時に設備や調達に関する判断ができる方も適任でしょう。もし、防災について強い問題意識を持つ社員がいる場合は、その方を中心にすると実際に動ける仕組みづくりをスムーズにおこなうことができます。
防災の第一の目的は、社員や関係者の命を守り、その安全を確保することです。ただ、企業が事業を継続できなければ、社員の生活を守ることも難しくなります。そういう意味でも、命を守ることとBCPは切り離して考えられる問題ではありません。
中小企業で防災対策が形骸化してしまう大きな理由の一つは、優先順位の問題だと思います。防災は重要ですが、日々の仕事のように「今日やらなければ困る」というものではありません。そのため、どうしても後回しになりがちです。
たとえば、ヘルメットを買ったり、非常食を備蓄したというところで、防災対策が終わったように感じてしまうことがあります。しかし、本当に必要なのは、災害が起きたときに社員がどう行動するのか、会社として何を継続し、何を優先するのかまで考えておくことです。
※東京商工会議所 「会員企業の災害・リスク対策に関するアンケート2026 年調査結果」より
事実、東京商工会議所の調査でも、中小企業のBCP策定率や訓練実施率には課題が見られます。BCPを策定していても、訓練などを通じて実際の行動につなげられている企業は限られます。また、「顧客や金融機関の取引条件として求められたから」といった外部からの要請をきっかけに、BCPや防災計画を作るケースも珍しくありません。それ自体は悪いことではありませんが、「言われたから作った」計画では、社員一人ひとりの行動にまで落とし込むことは難しいと考えます。
たとえば、災害が起きたときにどこから避難するのか、社員がその避難経路を知っているのか、実際に歩いたことがあるのか、そうしたところまで確認する必要があります。
一度にすべてをやろうとする必要はありません。出来ることから少しずつ進めていけば良いのです。例えば、地域の研修やセミナーなどを通じて防災について学び、実際に体験することも意識を変えるきっかけになります。中小企業は地域の一員でもありますので、自社だけを守るのではなく、地域との助け合いにつなげていく視点も必要だと思います。
防災が進まない背景には、「自分の会社は大きな災害とは無縁だろう」と考えてしまう心理もあります。災害への備えが必要だと頭では分かっていても、「明日災害が起きて、自分の会社が危うくなる」とはなかなか考えられないものです。
また、周囲の企業がBCPに取り組んでいないと、「うちもまだ大丈夫だろう」と考えてしまうことがあります。これは私自身の見方ですが、周囲と足並みをそろえようとする意識も、防災を後回しにする要因の一つだと思います。
"正常性バイアス"も関係します。「ここは高台だから大丈夫、近くで水害が起きてもここまでは来ないだろう」と考えてしまう。しかし、近年の災害では、これまで浸水したことがなかった地域でも、排水能力を超える雨量によって内水氾濫が発生するケースがでています。つまり、ハザードマップでは記されていないエリアでも"想定外の被害"が起こっているのです。
だからこそ、社内に防災について常日頃から考える人を置いておくことが大切です。社員の中から防災に関心のある人を見つけ、必要に応じて防災士などの資格取得を支援する方法もあります。
実際に私も参加した、東京都防災士会がDIGの研修をおこなった企業では、参加した社員の一人が防災士の資格をお持ちの方で、その方は現在、社内の施設管理の仕事に携わっています。こうした人が社内にいることで、防災について考える機会が増え、企業として具体的な取り組みにもつながりやすくなります。
※DIGとは、Disaster(災害)・Imagination(想像力)・Game(ゲーム)の頭文字を取って名付けられた「災害図上訓練」のことです。参加者が地図を囲み、ゲーム感覚で話し合いながら地域の災害リスクや対策を学びます。
※総務省消防防災庁「DIG訓練」:
https://www.fdma.go.jp/relocation/e-college/cat66/cat62/cat57/2dig.html
企業が防災に取り組めない理由としては、費用、人員、意識の三つが大きいと思います。とくに、BCP=事業継続計画という言葉のイメージから、「大きな地震が起きた場合に事業を継続するためには、大規模な設備投資や新たな人員が必要なのではないか」と考えてしまうことがあります。
しかし、BCPの正解は一つではありません。自社にとって必要なことを、できることから考えていけばいいのです。
たとえば、停電対策として太陽光発電設備を導入することが難しければ、まずは大容量のポータブル電源を用意して、1日分の電源を確保することを考える。また、BCPというと、別の場所にバックアップ拠点を用意するようなイメージを持つ方もいるかもしれません。それよりも、自社にとって事業を継続していくうえで最低限必要な機能は何か、災害後、何を優先して復旧させるのかを考えることの方が重要です。
国や自治体が提供する既存のBCPのテンプレートは、項目が多く、難しく感じることもあります。テンプレートをそのまま埋めて終わりではなく、自社のリスクと実際にできる対策をもとに、その会社独自の「使えるBCP」をつくっておくことが大切です。
中小企業向けには、税制優遇や金融支援などのメリットがある簡易版BCP制度「事業継続力強化計画(ジギョケイ)」があるので、ぜひ調べていただきたいと思います。2026年8月末時点で累計10万社強が認定を受けています。公的機関による作成支援制度もあるので、まずはこのようなものから取り組んでみてはいかがでしょうか。
※中小企業庁:
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
防災を「自分事」として考えるうえで、ぜひやってみていただきたいのが、「実際に体験してみる」ことです。たとえば、短時間でも構いませんので、水、電気、ガスやトイレが使えない状況を想定して、社員がどのように過ごせるのかを試してみます。
2024年、お茶の水女子大学の須藤紀子教授の研究グループは、東京都内の会社で16人ほどを対象に、1泊2日の防災訓練をおこないました。水も電気も使えない環境で過ごしてみると、トイレや入浴、寝具、プライバシーなど、さまざまな課題が見えてくると同時に、仕事を続けることの難しさが分かったそうです。一方で、調理など同じことを繰り返していると徐々に効率よくできるようになったといいます。
※一般社団法人日本災害食学会2025年度学術大会報告:
https://jdfood.sakura.ne.jp/program/13_program2025.pdf
私自身も自宅で、一定時間、ライフラインが使えない状況を想定した「在宅避難」の体験をしたことがあります。実際にやってみると、明かりのない不自由さを実感しましたし、携帯トイレはどう使うのか、手回しラジオは本当に使えるのか、水をどれくらい消費するのかなど、防災グッズを準備しているだけでは分からないことがあれこれ出てきました。
企業、個人のケースを問わず、実際にやってみると気づきがあります。もちろん、いきなり1泊2日の訓練をするのは大変かもしれません。半日でも3時間でもいいので、今の環境を不自由なものにして過ごしてみることで、初めて気づくことがあります。その気づきが、次の行動につながるのではないでしょうか。
東京都防災士会は、地域の防災力を高めることを目的に、自助と共助を支える活動をおこなっています。私たちは、企業や地域の方々が防災について考えるきっかけをつくり、具体的な行動につなげていくための橋渡し役になれればと考えています。
とくに中小企業は地域を構成する重要な存在です。災害が起きたときには、企業も地域の一員として周囲と助け合うことが求められます。そのためにも、セミナーや防災イベントなどを通じて企業の防災意識を高める支援をしていきたいと思っています。
先ほどお話ししたように、防災士が社内にいることで企業の動きが変わることがあります。社員の中から防災に関心を持つ人を見つけ、その人が中心となって社内で防災を考えるきっかけをつくることも重要ですし、企業が社員の防災士資格取得を支援することも、社内に防災の知識を持つ人材を育てる一つの方法と思います。
東京都防災士会では、防災について企業から相談を受けた場合には、当会や各地域のブロックで対応しています。防災は、企業だけ、行政だけ、地域だけで進めるものではありません。企業、行政、学校、地域などがそれぞれの立場で役割を担い、連携していくことが重要です。東京都防災士会としても、産官学民の連携を支える存在として企業の防災力向上に役立ちたいと考えていますので、ぜひウェブサイトから当会の活動をご覧ください。
NPO法人東京都防災士会:
https://tokyobousai.org/
■記事公開日:2026/10/27 ■記事取材日: 2026/09/28 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼取材・文=吉村高廣 ▼撮影=只野ヒロキ ▼協力=NPO法人東京都防災士会