AIが登場する以前から、人間関係に疲れている人は少なくありませんでした。人に話をする時には、「こんなことを言ったらどう思われるだろう」、「相手の時間を奪っていないだろうか」といった心理的な負担が生まれます。それだけで、相談すること自体がストレスになってしまうこともあります。
その点、AIにはそのハードルがありません。相手のことを考えることなく、自分都合で相談することができ、「こんなことを聞いたら恥ずかしい」といった感情も生まれません。そういう意味では、AIは自分の気持ちを「さらけ出す」ためのツールになっているのかもしれません。
もう一つ背景にあるのが、コロナ禍以降の人間関係の変化です。オフィスコミュニケーションは戻りつつありますが、そもそも、気軽に悩みを相談できる人が身近にいないという現実があります。SNSで多くの人とつながっていても、本音を話せる相手はどれだけいるでしょう。
さらに昨今は、「タイパ」を重視する意識も強まっていて、「今感じているこのモヤモヤに、すぐ答えが欲しい」という感覚とAIとの相性がいい。つまり、これまで誰にも相談できなかった人たちにとって、AIが新たな受け皿になっているのです。
人には言えないことも、AIになら話せる
AIなら、気兼ねなく悩みを打ち明けられる
AIが相談相手として選ばれる理由はいくつかあります。まず、「自分の都合のいい時に、いつでも相談できる」ということです。
以前、私が担当していた電話相談のカウンセリングでも、「24時間365日対応」を特長としていました。実際、深夜に電話をかけてくる方は多く、誰かに話を聞いてほしいと思った時の受け皿になっていました。今は電話をかけなくても、スマホがあれば、時間や場所を選ばずに相談できます。
もう一つは、心理的なハードルの低さです。人には話しにくいことでも、「こんなことで悩んでいるのかと思われるのではないか」、「否定されるのではないか」と心配せずに話すことができます。相手の反応を気にせず、自分の気持ちを打ち明けられることは安心感につながります。
そして、何度でも同じことを聞ける点もAIの特長です。人の悩みは、一度話しただけですぐに解決するものではありません。不安が強い時には、同じことを何度も確認したくなることもあります。人には繰り返し話しにくいことでも、AIには何度でも相談できる。こうした手軽さや心理的な安心感が、今、多くの人がAIを相談相手に選ぶ理由の一つなのだと思います。
AIに相談することには便利な面がある一方で、注意すべき点もあります。ひとつは、AIへの依存が強くなり、自分が安心できる答えばかりを求めてしまうことです。たとえば、上司や会社への不満を相談していると、無意識のうちに自分の意見を肯定してもらうような聞き方をしてしまうことがあります。そして、自分が納得するまで質問を繰り返せば、「やっぱり自分が正しかったんだ」と思える"都合のいい答え"に誘導することもできます。
しかし、リアルな人間関係においては誰もが自分に同意してくれるわけではありません。反対されたり、否定されたりすることもあります。そうした異なる意見に触れることも、自分自身を見つめ直すためには必要です。AIとの対話に偏ってしまうと、自分の考えが偏っていることに気づかないまま、それを強化してしまう可能性があります。AIから得た答えは、本当に適切なものなのか。それとも、自分の願望をAIの力を借りて言語化しただけなのか。その点は意識しておく必要があると思います。
AIは、"都合のいい答え"に誘導している可能性も
カウンセラーは、その人自身を見つめる
AIとカウンセラーの最も大きな違いは、カウンセラーが目の前にいる相手の「ありのまま」を受け止めようとすることです。
言葉の内容だけでなく、声の震えや大きさ、沈黙、表情、笑い方など、さまざまな情報から、その人が本当にどのような状態にあるのかを感じ取ろうとします。「大丈夫です」と言っていても、本当に大丈夫なのかを、言葉以外の部分から推察することもあります。
一方、AIが判断するのは、相談者が提供した情報(文章)に限られます。悩んでいる人ほど、自分の気持ちをうまく表現できません。何がつらいのか、何に悩んでいるのか、自分でも整理できないことは珍しくありません。そうした言葉足らずの状態でも、AIから、「それは、こういうことではないでしょうか」と答えられれば、「言われてみれば、そんな気もする」と受け止めてしまうこともあるでしょう。
カウンセリングでは、ときには相談者が何も話さないこともあります。それでもカウンセラーは、その場にいる姿や様子も含めて、相手を理解しようとします。言葉だけではない、「この人とここにいる」という安心感の中で生まれる共感。それこそが、AIとカウンセラーの本質的な違いです。
カウンセリングにおける「寄り添い方」は、相談者の望む答えを与えたり、行動を後押ししたりすることではありません。基本にあるのは、相手の話をそのまま受け止めることです。「あなたはそう思っているんですね」、「そんなことがあったんですね」と受け止めながら、「それについて、あなたはどう思いますか?」と問いかけていく。そうしたやり取りを丁寧かつ辛抱強く重ねていきます。
例えば、「腹立たしい上司がいるので、明日、はっきり言おうと思います」と相談した場合、AIなら状況によっては、伝え方や具体的な発言例を示すでしょう。しかしカウンセリングでは、すぐに答えを出そうとはしません。「今は、明日何か言いたいと思うほど腹が立っているんですね」と、その時点の気持ちを受け止めます。
カウンセリングの役割は、相談者に正解を与えることではなく、本人が自分自身と向き合い、その中から自分で答えを見つけていくことをサポートすることです。自分と向き合うことには、ときに大きなエネルギーが必要になります。寄り添うとは、気分の良い答えを返すことではなく、その人が自分自身の答えを見つけていく過程を支えることなのだと思います。
カウンセラーは、自分で答えを見つける過程に寄り添う
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
これは私なりの、今後こう使ってほしいという期待でもあるのですが、人に相談する前の「準備」にAIを使ってほしいと思います。例えば、上司に相談したいけれど何から話せばいいかわからない時や、誰かに伝えたいことがあるけれど、どんな切り口で話せばいいかわからない時。そういう時は一人で悶々と考えるより、AIを相手に、いわゆる「壁打ち」として思考を整理するのは、とても有効な使い方だと思います。気持ちを整理するツールとして、そして本来の人とのやり取りやコミュニケーションをしやすくするための補助ツールとして使うのが良いと思います。
私自身、ここ数カ月は本当によくAIを使っています。曖昧な記憶を呼び起こすための調べ物をしたり、統計情報を探したりしながら、同時に自分の思考を整理していく。単なる検索エンジンを超えて、対話を通じて次のステップへ導いてくれるAIは、私にとって情報収集と思考整理を同時にこなす優秀な"アシスタント"になっています。
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■記事公開日:2026/09/29
▼構成=編集部 ▼取材・文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか