「明るく開放的なオフィス」と聞くと、多くの方は快適な空間を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、それが誰にとっても働きやすい環境とは限りません。集中しやすい明るさも、心地よい音量も、人によって異なります。人の気配があったほうが仕事が捗る方もいれば、周囲の視線や物音が気になり、仕事に集中しづらい方もいるでしょう。
こうした違いに着目し、海外で注目されているのが「ニューロインクルーシブ オフィス」という考え方です。神経認知特性の多様性を前提に、静かな場所、開放的な場所、刺激の少ない場所など、社員が自分に合った環境を選べるようオフィスを設計します。全員を一つの環境に合わせるのではなく、選択肢を用意するという発想です。
こうした考え方は、単に働きやすい環境をつくるだけでなく、多様な人材が能力を発揮できる職場づくりにもつながります。実際、神経・多様性のある人材の活躍を経営課題として位置づける動きは海外の大手企業にも広がっており、ロンドンを本拠地とするグローバルコンサルティングファームのEY(Ernst & Young Global Limited)などは、その先進事例の一つです。
EYの取り組みの根幹にあるのは、「ニューロインクルーシブ オフィスは、特別な人のための特別な設備ではない」という考え方です。静かな個室は、感覚刺激を避けたい方だけでなく、資料作成などに集中したい方にも役立ちます。照明を落とせるスペースも、刺激を抑えたい方だけでなく、疲れたときや一人で考えを整理したいときに活用できます。つまり、働く環境に「唯一の正解」はないという前提に立つことが、本質なのです。
選択肢のある環境は、社員が自分に合った場所を選ぶことで、集中力を高め、無用なストレスを減らすことにつながります。さらに、多様な特性を持つ人材が能力を発揮しやすくなることで、採用力や定着率、組織全体の多様性向上にもつながる可能性があります。
自社での導入は、大規模な改装から始める必要はありません。これまでキープレスで取材してきた企業にも、オフィス移転を機に、静かに集中できるブースや一人になれるスペース、会話をしながら働けるオープンなエリアを設けるなど、規模の大小を問わず、すでに似た取り組みが見られます。こうした小さな選択肢を一つずつ増やすことが、ニューロインクルーシブ(自分の特性に合わせて選択できる)な環境づくりの第一歩になります。
また、「どのような環境であれば働きやすいか」という社員の声を設計に反映することで、一過性の施策ではなく、継続的な改善につなげることができます。会社側が一方的に考えた理想の環境を押しつけるのではなく、実際に働く人の声から必要な空間を考えることが、多様化の時代に相応しいオフィス戦略と言えるでしょう。

■記事公開日:2026/08/25
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=PIXTA