
ChatGPTやCopilot、Geminiといった生成AIの活用が進んでいます。しかしその多くは大手企業中心です。本来、生成AIの活用は大企業に限ったことではなく、中小企業にとっても無視できないものであるはずです。"人材難"が言われる中小企業においてAI技術の活用は、業務の効率化やコスト削減などにつながると考えられ、日進月歩のAI技術を手にすればビジネスをより有利に進められることは間違いありません。それにもかかわらず、中小企業への生成AI導入率はまだまだ高くありません。この背景には、「AI」という言葉に対するアレルギー(難しそう)や、「どう活かせばよいのか具体的なイメージが湧かない」という思いがあるようです。そこで今回は、そうした思いを払拭するべく、ChatGPTの基礎知識から導入のステップ、運用メリット、リスク管理などについて、ChatGPT研究家で、株式会社Workstyle Evolution代表取締役の池田朋弘さんにお聞きしました。
池田朋弘(株式会社Workstyle Evolution代表取締役)
1984年生まれ。早稲田大学卒業。2013年に独立後、連続起業家として計8社を創業、4回のM&A(Exit)を経験。起業経験と最新の生成AIに関する知識を強みに、ChatGPTなどの業務への導入支援、プロダクト開発、研修・ワークショップなどを60社以上に実施。著書『ChatGPT最強の仕事術』は4万部を突破。他の著書に『Perplexity 最強のAI検索術』『Mapify 最強のAI理解術』。
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「いけともch(チャンネル)」では、AIエージェント時代の必須ノウハウ・スキルや、最新AIツールの活用法を独自のビジネス視点から解説し、チャンネル登録数は17万人超(2025年3月時点)。
ChatGPTを一言で表すなら、「なんでも相談できるAIアシスタント」や「AI秘書」といった存在です。ただ、「なんでもできる」と言われると、逆に何ができるのか分かりにくくなるかもしれません。そこで、ビジネスでよく使われている6つの活用方法を紹介します。
まず1つ目は「アイデア出し」です。たとえばインタビューをする際に、タイトルや質問項目を考えたいとき、あるいは何かの企画を練りたいときなどに、すぐに候補を出してくれます。事業計画のような大きな構想からキャッチコピーのような小さなアイデアまで幅広く対応してくれるため、一人で考えるよりも効率的です。
2つ目は「リサーチ」です。初期のChatGPTはあらかじめ学習した情報しか扱えませんでしたが、今は検索エンジンと連携してわかりやすく整理することもでき、「この商品のスペックを比較してほしい」といった質問にも対応して情報をまとめてくれます。
3つ目は「文章作成」です。メールや記事、提案書などさまざまな文章をスピーディーに作成できます。正しく作ってもらえるような指示・お願いをすることで精度の高い文章が出力されます。また、文章要約や文字修正などもスムーズです。
4つ目は「翻訳」です。多言語に対応し、単に訳すだけでなく「要点をまとめて」「カジュアルな表現に」といった要望にも応じてくれます。翻訳精度も高く、ネイティブスピーカーからも評価されています。
5つ目は「ITツールやプログラミング」での活用です。Excelの関数やマクロも自動で作成できるなど、これまでエンジニアやツールに詳しい人でなければ難しかったことが、専門知識がない人でも実現可能です。
6つ目は「画像生成」です。自分の写真を「ジブリ風」に変換したり、図解や統計データやピクトグラムなどの作成を依頼したりできます。「特定のメッセージを入れたポスターを作って」といった依頼にも高いクオリティで応えてくれるため、活用できる場面が広がっています。
ChatGPTをスムーズに導入するには、2つのサイクルがあります。1つは「個々人の利用促進」、すなわち「社員一人ひとりが生成AIを使いこなす」というものです。文章作成や資料の要約、表現チェックなどの日常業務で活用し、利用率100%になるのが理想的です。この場合、多くの業務が時間短縮され、さらにクオリティも向上するケースが多く、結果的に業務全体のパフォーマンスが底上げされます。
2つ目は「特定業務にAIを組み込んで業務プロセスを改善する」方法です。たとえばコールセンターでは、通話内容が自動で文字起こし・要約され、スタッフは確認するだけ。メール対応も、AIが返信文を生成し、人間はチェックして送信するだけといった仕組みが実現できます。人間の関与を最小限に抑え、業務の一部に自然にAIを組み込む形です。
AI導入というと大掛かりなシステムを想像しがちですが、必ずしもそうではありません。Excelの日報にマクロでAIを連携させれば、入力と同時に内容が送信され、誤りや改善点が自動でフィードバックされます。社内にITに詳しい人がいれば構築可能で、社員はこれまでと同じ操作で使うことができます。文章の質も向上し、上司の確認作業も効率化されます。一方、コールセンター対応など業務の中にAIを組み込む場合は、専門の開発会社と連携した、本格的なシステム構築が必要です。
大企業は2つの導入サイクルを並行できますが、中小企業は限られたリソースの中で優先順位を見極める必要があります。私はまず「特定業務へのAI導入」から始めるのが現実的で効果も見えやすいと考えています。
その理由は、全社員にAIを使わせるのは難しく、抵抗感を持ったり、学ぶ余裕がない社員も多いためです。実際、大企業でも社内利用率は2〜3割程度にとどまっています。一方、業務プロセスへの導入は少人数でも始めることができ、現場の負担は少なく済み、仕組み自体の構築は外部に任せることも可能です。
また、特定の業務に絞れば成果も見えやすく、「日報ミスの削減」や「問い合わせ対応の自動化」などといった明確な効果として表れます。まずはこうした導入の成功体験をつくり、徐々に全社展開へと広げていくのが現実的なステップです。
生成AI導入の最大のメリットは、「効率化(時間短縮)」と「データ活用の最適化」です。資料作成やアイデア出しなどをAIが高精度かつ短時間でこなすため、業務のスピードが大幅に向上します。現在のAIはIQ130超といわれるレベルで、人力を遥かに上回るスピードで、膨大な量のデータを検証し、テーマに相応しいデータを提供してくれるため、成果物のクオリティが上がるケースが少なくありません。加えて、企業によっては導入により社内の士気が高まり、人材採用がしやすくなるケースもあります。IT・マーケティング系企業では、AIを活用した提案が説得力を増し、営業成果の向上にもつながっています。
具体例として、安全サポート株式会社様をご紹介します。同社は海外赴任者向けに現地のリスク情報を提供しており、「海外情報ニュース」の作成に多くの工数をかけていました。そこで、業務を「情報収集」「選定」「要約・編集」に分解し、それぞれにAIを活用。ChatGPTには精度の高いプロンプトを設計し、過去の良質な記事を学習素材に用いて要約の質を高めました。また、AIを前提とした新しい業務フローの再設計も行いました。限定的な運用から始めて成果を検証し、全社に展開。特に「情報収集」と「選定」で効果が高く、海外ニュース作成の工数を約6割削減することに成功しました。
生成AIを使う際に気になるのが「情報漏洩」のリスクでしょう。特に機密情報を入力すると、それがAIの学習に使われ、他ユーザーに漏れるのではと不安視されています。ただし、多くの生成AIでは、入力データを学習させない設定が用意されていますので、このリスクは回避することができます。もう一つの懸念は「不正アクセス」です。生成AIは質問履歴を保存するため、アカウントが乗っ取られると情報が漏れる恐れがあります。これは他のウェブサービスと同様で、強固なパスワードや定期的な変更、2段階認証といった基本的な対策を徹底することで防ぐことができます。
また、「権利侵害」のリスクにも注意が必要です。AIが著作物を学習しているため、生成物が既存作品に似る可能性があり、とくに画像や動画は要注意です。「ジブリ風」などの表現が特定のキャラに似ると問題になることも考えられ、AIの学習素材を巡る訴訟も進行中です。商用利用には、Adobe Fireflyのように「著作権クリアなデータのみを使用」と明示されたサービスを使うほうが安心です。
さらに、「誤情報(ハルシネーション)」のリスクもあります。AIは事実と異なる情報が混ざると、もっともらしい"ウソ"をつきます。特に専門分野では注意が必要で、重要な内容は必ず信頼できる情報源に確認することが大切です。「AIも間違える」という前提で使ってください。
生成AIが急速に進化する中で、「人間は何をすべきか?」が重要になっています。今後は、AIが得意な作業と人間の判断をうまく分担することが鍵となるでしょう。AIはアイデア出しや土台となる文章・コード作成などを高速・高精度でこなすため、人間は「選び、仕上げる」ことに専念できます。生成されたアイデアから使えるものを選び、意図に合うかを判断し、最終的に責任を持つのは人間の役割です。AIを"部下"のように使いこなす「意思ある判断力」が今後ますます求められます。
また、生成AIとコンピュータプログラム両者の特徴を理解し、役割によって使い分けることが業務効率化の鍵となるでしょう。ChatGPTのような生成AIは、「柔軟さ」が特長です。感情分析や文章分類など曖昧な判断を得意とし、文脈やニュアンスも読み取れます。これはルールが基本となるプログラムでは難しい処理です。一方で、生成AIは返答が正しいとは限りません。「正確な数値処理」「毎回同じ答えを返す」といったタスクは苦手です。そのため、曖昧な判断が必要な場面では生成AIを、正確性と再現性が求められる場面ではプログラムを活用するのが有効です。
さらに重要なのは「組み合わせ」の視点です。すべてをAIに任せるのではなく、プログラムと組み合わせることで業務の幅と精度が大きく向上します。ルールに基づく処理は従来型、自然言語の解釈や柔軟な対応は生成AIが得意。両者は建築物における「ブロック」と「粘土」のような関係で、組み合わせることで柔軟かつ堅牢な構築が可能になります。
生成AI導入は、すでに"待ったなし"の状況です。特に中小企業にとって、コスト削減や競争力の維持に直結する重要な手段となります。たとえば、問い合わせ対応では、人手なら1件あたり1,000円かかっていたところが、AIによって100円以下になるかもしれません。しかも、AIは使うほど効率が向上し、人件費とのコストの差は今後ますます広がっていくでしょう。
また、AIは常に一定の品質で業務をこなせるため、担当者による品質のばらつきも生じません。ベテラン社員の暗黙知をデータ化して共有できるため、人材不足や退職リスクへの対策にもつながります。ルーティン業務をAIに任せることで、人はより創造的な仕事に集中でき、やりがいを感じることで、定着率も向上するのではないでしょうか。
もはやAIは単なる効率化ツールではなく、業務の標準化や人材の早期戦力化を支援する仕組みです。活用するかどうかで、企業間の差はますます広がっていくでしょう。
企業へのアドバイス
AIを使いこなす力は、いまや「新しい武器」とも言える重要な能力です。しかし、それを活用できる人材はまだまだ不足しています。高性能なツールがあっても、それを使える人が少ないというギャップが、現代社会の課題です。
ChatGPTは、すでに身近なAIツールです。企業が導入すれば、自然と「使わざるを得ない」環境が生まれ、誰でも徐々に習得できます。年齢に関係なくAIを使いこなせれば、個人の可能性は広がり、会社の価値も上がります。だからこそ、リーダーが率先して環境を整えるべきです。やるかやらないかで、個人にも組織にも大きな差が生まれます。個人の成長が組織を高め、未来を広げる。その連鎖を楽しみながら作れる人、それがこれからの時代のリーダーの条件です。
■記事公開日:2025/05/27 ■記事取材日: 2025/05/02 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部・小山真史 ▼資料提供=Workstyle Evolution