組織には達成すべき目標があって、それをマネジメントするためには、上司が適切な指示を出す必要があります。その場合、事細かに管理をしたがる人や、ある程度任せて放任する人などいろいろなタイプがいます。それは私が社会人1年目のころから変わらぬ職場の常識でした。ところが、これまでのビジネスパーソンと比べると、最近の若手はかなり事情が違ってきているようです。
たとえば、「これも経験のうち」と思って、ある程度の自由度を残して仕事を任せたところ、いつまでたっても上がってこない。しかも確認や質問すらない。痺れを切らせて上司が催促したところ、「指示の内容がよくわからなかったので」などと言い出すことも・・・。「だったら聞いてよ!」と叱責したくなるのは当然です。ただそれは、単に「経験が不足しているから」ということではなく、"指示の意図が理解できないと仕事へのモチベーションが下がってしまう"という最近の若手に多い傾向なのです。
また、今の若手社員は勉強や資格試験、そのほか趣味やプライベートなど、あらゆるものにマニュアルが存在していて、それをもとに"攻略"してきたという背景があります。わからないことがあればすぐにスマホで検索して答えを求めます。ところが仕事に関しては、ぴったり当てはまる"正解"が見つかりません。そこで彼らはフリーズしてしまうのです。
「経験のうち」と思って仕事を任せてみたけれど...
「何を、どの程度、いつまでに」を明確に伝えること。
確認すること
昔は「入社1年目は何もできなくてもOK。3年後に成長していればいい」と、新人を長い目で見守ることができました。しかし今は、そのような悠長な考え方は通用しません。新人であっても、自分なりの役割を果たし、成果を出すことが求められる時代です。そのためには、丁寧に教え、適切に指導することが欠かせません。とくに重要なのは、曖昧な言葉ではなく具体的な指示を出すことです。
たとえば、「次の打ち合わせまでに資料を作っておいて」と指示を出したとします。しかし「資料とは何を指すのか」、目的や範囲を明確にしなければ、部下は迷ってしまいます。市場調査の数字をまとめるのか、それとも議論のたたき台となるメモでいいのか。上司の頭の中には完成イメージがあっても、それを言葉にしなければ部下には伝わりません。
もちろん、部下のほうから確認すべき場面もありますが、相手が威圧的な上司だと質問しづらいこともあります。その結果、部下は自分なりに解釈して進めざるを得ず、仕上がりが上司の期待と食い違うことになります。こうしたすれ違いを防ぐためにも、指示を出す側は「何を、どの程度、いつまでに」と明確に伝え、さらに理解できているかを確認する姿勢が必要です。
「そこまでやる必要はないだろう」と思うかもしれませんが、曖昧なままでは上司に対する不信感の原因になるだけです。
最近では"すき間時間"を活用して働けるサービスが登場したり、初めて訪れる職場でもすぐに仕事ができるようマニュアルを整備している会社が増えています。必ずしもそれが最良の方法とは言えませんが、「何を、どの程度、いつまでに」が明文化されていれば、少なくとも「言葉の曖昧さが生むすれ違い」は生まれにくいと思います。
そもそも、人材育成とは一度教えれば終わりというものではなく、もはや、「見て覚えろ」という時代でもありません。まずは、型通りにやらせてみて、その都度細かく軌道修正していくしかないのです。また、混乱を招きがちなのは、上司によって言うことが異なるケースです。指導する側も足並みを揃えて、同じ基準や言葉を使って部下に向き合う必要があります。
そのために欠かせないのが、中間管理職のための「指導マニュアル」です。実際に、指導マニュアルや業務フローを導入する企業は増えており、それによって指導の均質化、教育コストの削減、新入社員の早期戦力化、教育担当者の負担軽減といったメリットが得られています。ただし、業務内容や企業文化の変化に応じて柔軟にカスタマイズしていくことも忘れてはなりません。
指導する側も同じ基準や言葉を使って、部下に向き合う
期待を示し、責任を持たせ、そして支えることが最短の道
育成の過程では、提出書類のミスや納期の遅れなど、「気持ちが入っていないな」と感じる場面が必ず出てきます。それを放置すれば業務に支障をきたすため早めに手を打たねばなりません。兆候としては、「いや、それは...」という否定的な反応や、「いちおうやってみます」といった曖昧な返答が返ってきたら要注意です。ただそこで、「しっかりしろよ」などと叱責しようものなら、ますますやる気を削いでしまいます。
大切なのは、部下が「自分からやりたい」と思えるよう導くことです。オーストラリアの心理学者アルフレッド・アドラーは、その鍵として「共同体感覚」を提唱しました。これは、「仕事の成果は仲間との協力から生まれる。そのために自分は、チームの中で欠かせぬ一員として存在している」と実感できるよう意識を植え付けることとしています。
こうした意識を育むには「他者信頼」が欠かせません。「困ったときは助けてもらえる」と信じられる環境があってこそ、責任を担う覚悟が生まれます。上司は日常的な声かけやコミュニケーションを怠らず、安心して挑戦できる場を整えること。甘やかすのではなく、期待を示し、責任を持たせ、そして支えること。これが自己承認や、つながりを重視する若手世代を一人前へ導く最短の道です。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
近年は就職支援会社やマニュアル本の普及により、採用試験を突破する"攻略法"を身につけて臨む学生が増えています。その一方で、採用後に「こんなはずではなかった」と企業が戸惑う例も少なくありません。たとえば、面接で「パソコンは得意です」と話していても、実際にはメール程度しか扱えないケースもあるのです。
私自身キャリアコンサルタントとして、自己アピールでは「できること」を明確に伝えるよう指導しています。しかし、若手のすべてが要領よく立ち回れるわけではありません。だからこそ入社後は、不足を責めるのではなく、丁寧な指導と具体的な指示を通じて成長を支える姿勢が求められるのです。
若手世代は、叱責よりも信頼関係の中で力を発揮します。安心して挑戦できる環境を整え、「自分もチームの一員だ」と実感できるように関わることが、やる気と成果につながります。繊細な感情を逆なでするのではなく、味方につける。その姿勢こそ、これからの世代を活かすマネジメントの要といえるでしょう。
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■記事公開日:2025/09/26
▼構成=編集部 ▼取材・文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか