AI の進化は知的業務の補助を超え、判断の前提となる情報整理まで担う段階に入りました。その結果、働く場所の自由度はかつてなく高まり、コロナ禍で言われた「オフィスに社員が集まる必要はあるのか?」という議論が再開されています。しかしながら、働き方が分散し、情報が絶えず更新され続ける今だからこそ、オフィスには見直すべき重要な役割があります。それは、人間がより良い判断をおこなえる「環境機能」を発揮する場であるという点です。
リモートワークは自由度が高い一方、ON と OFF の境界が曖昧になり、思考が硬直しやすい側面があります。対してオフィスには、通勤による気持ちの切り替えや、他者の存在が生む適度な緊張感など、思考を整えるための刺激が自然に組み込まれています。こうした"環境要因"こそが、AI 時代に改めて評価されています。
公認心理師の大野萌子さんによれば、リモートでも情報共有は可能ですが、表情の細かな変化や言い回しのニュアンス、場の空気感など、判断のベースとなる微妙な手がかりは捉えにくいといいます。そうした小さなズレが積み重なると、"同じ理解で進んでいるつもり"でも前提が揃わず、判断の精度に影響が出ます。一方、対面コミュニケーションは、この認識のズレを最小限に抑え、チーム全体の"認識の同期"を促します。
AI がどれほど処理を効率化しても、最終的に「何を選び、どの方向に進むか」を決めるのは人間です。その判断を支えるのは、個人が机に向かって考える時間だけではありません。意見がぶつかる議論や、偶然の雑談の中で生まれる気づき、相手の表情や間合いといった非言語情報が思考に厚みを与えます。オンラインでは拾いきれないこうした情報が、判断の質を底上げしてくれるのです。つまりオフィスとは、単なる労働の場ではなく "集まることでより良い判断が生まれる場"としての価値を持ち始めています。
企業がコミュニケーションスペースを拡充している背景には、良い判断を生む環境づくりへの強い関心があります。オープンミーティングエリア、カフェ空間、動線上のマグネットスペースなど、偶然の会話や気づきを生み出す設計が広がっています。これらの場は単にリフレッシュすることを求めるのではなく、思考を揺さぶる小さな刺激を積み重ね、判断の質を向上させる仕組みとして機能します。
AI が事実整理や業務の効率化を担う一方で、言葉になる前の"兆し"を捉え、形にしていくのは人間だからこそできる仕事です。予測できない課題に向き合い、ひらめきを生む土壌として、これからのオフィスには「創造の起点」であることが求められます。AI の時代だからこそ、人が集い、認識を共有し、未来の方向性を決める場として、オフィスの価値は、これからますます高まっていくことは間違いありません。

■記事公開日:2025/12/23
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=Adobe Stock