テレワークやハイブリッドワークが浸透した今、「すべての社員が同じ場所で、同じ時間に働く」という働き方はもはや当たり前ではなくなりました。こうした変化の中で、オフィスの役割も大きく変わりつつあります。単に業務をこなす場所ではなく、対面での交流や偶発的なアイデアの創出、企業文化を体感・共有するための「戦略的な空間」へと再定義されているのです。
一方で、少子高齢化により人材確保が困難になっていることから、企業は"働きやすさ"を競争力の一部と捉えるようになりました。心身の健康を支える快適な職場環境は、従業員のモチベーションや生産性を高める基盤であり、同時に企業の魅力を高める要素にもなっています。集中できる静かなスペースや、リラックスして対話できるラウンジ、自然光を取り入れた明るい空間など、オフィスのあり方そのものが採用力や組織の活力に直結する時代なのです。
こうした潮流の中で注目を集めているのが、第三者によるビルの評価制度です。たとえば「CASBEEスマートウェルネスオフィス認証」は、空調・照明・音環境・自然換気・採光といった室内環境の質を総合的に評価し、身体的・心理的な快適さを可視化するものです。『ビルのミシュランガイド』などとも言われるように、企業が選ぶオフィスの新たな判断基準となりつつあります。
また、「BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)」では、建物の省エネ性能を★の数で示し(最高ランク5スター)、環境負荷の低減だけでなく、光熱費といったランニングコストの抑制にも貢献します。
これらの認証制度は、単なる建物の性能評価にとどまらず、企業のESG経営やサステナビリティへの取り組み姿勢を社会に発信するツールとしても機能しています。同時に、現在のオフィスにはより高い柔軟性と多用途性が求められています。フリーアドレスやWEB会議対応の設備、可変性の高いレイアウト設計などは、多様化する業務やチーム構成に対応し、生産性と快適性を両立させるために欠かせません。さらに、顔認証やIoTセンサーを活用したスマートオフィス化、災害時の事業継続を見据えたBCP対応など、先進的な機能を備えたオフィスビルが注目を集めています。変化に即応できる空間であること自体が、企業の強みとなる時代です。
さらに、オフィスは来訪者や顧客、そして未来の社員に対する"企業の顔"でもあります。洗練された内装、環境配慮型の建築設計、さらにはZEBやLEED、DBJ Green Buildingといった国内外の環境認証を取得したオフィスビルは、企業が何を大切にし、どのような責任を果たそうとしているかを空間を通じて伝えるメッセージとなります。
とくにZ世代を中心とした若い求職者層は、給与や待遇と同様に(あるいはそれ以上に)、働く環境の質や企業の社会的姿勢を重視する傾向があり、認証を受けたオフィスは採用力の強化やブランディングの面でも優位性をもたらします。
つまりオフィスはもはや、単なる業務空間ではなく、企業の価値観や未来志向を体現する"戦略的な媒体"でもあるのです。空間そのものが企業の姿勢を語り、人を惹きつけ、組織を育てる力を持つ今、どのようなオフィスを選び、どのような思想で設計するかは、企業の未来を左右する意思決定であると言えるでしょう。

■記事公開日:2025/06/24
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼画像素材=AdobeStock