毎年のように「理想の上司」が話題になります。産業能率大学総合研究がおこなった2024年度の新入社員調査では、「細かくサポートしてくれる」「常に気にかけてくれる」「プライベートなことも相談できる」といった声が多く、ランキング1位は男性が大谷翔平さん、女性が水卜麻美さんでした。
では、管理職は皆「理想の上司」を目指すべきなのでしょうか。
私の答えは「No need.」です。無理をしてまで誰かの理想像に寄せにいく必要はありません。そもそも私は、職場における関係にロールモデルは必要ないと考えています。もちろん「このやり方はいいな」と思える人がいれば、参考にするのは大いに結構です。ただし、なりきろうとする必要はありません。大切なのは誰かの分身になることではなく「自分はどんな上司でありたいか」というビジョンを持てているか否かです。
そもそも上司は、輝いていなくていいのです。何でもできる完璧な存在である必要はありません。ダメなところもあれば、部下に頼る場面もある。しかし「ここぞ」というときにはきちんと前に立ってくれる。そんな人間味のある上司のほうが、周りにいる部下も安心できるのではないでしょうか。
理想の上司像を目指す必要はない
キラキラした経歴よりコミュニケーション力
余談ですが、転職セミナーで「キラキラした経歴がないと、転職は不利なのでしょうか?」という質問を受けたことがあります。そこで私は「関係ありません。ほとんどの企業は輝かしい経歴を求めているわけではありません」と即答しました。
もちろん、技術職や専門職では例外もあります。ただ、一般企業の多くのポジションにおいて重視されるのは、経歴の派手さよりも「組織に馴染み、長く一緒に働けるか否か」です。採用の現場では、あまりに完成度の高い人材に対してはかえって警戒心を抱くことがあります。人事担当者からも「華々しい履歴書を見ると、少し身構えてしまう」という声をよく聞きますし、能力が高すぎることで「うちには合わないかもしれない」と判断されるケースも少なくありません。
極端な話、草野球チームに大谷翔平選手が「入部したい」と言ってきたら、多くの人は戸惑うはずです。組織は、近いレベル感のメンバーが調和することで成り立ちます。だからこそ突出したスキルには「一緒にやっていけるか」「文化を尊重できるか」といった懸念が付きまといます。個性を否定しているわけではありません。ただ、日本企業の多くが採用で重視するのは協調性やコミュニケーション力です。「真面目で柔軟に周囲と関わりながら働ける人」その姿勢こそが、結果的に最も評価されやすい資質なのです。
近ごろは「この会社にいても成長できない」と言って転職する若手が一定数います。ホワイト企業であっても「環境がゆるすぎる」という理由で離れていくケースは珍しくなく、現場の管理職にとっても、企業にとっても悩ましい問題です。
管理職の多くは、ハラスメントを指摘されないよう細心の注意を払っています。「強く言って辞められては困る」と考えるのは、今の時代ではごく自然な反応でしょう。一方で、若い世代の中には「もっと踏み込んで指導してほしい」「本気で鍛えてほしい」という意識を持つ人も少なくありません。その結果「あれほど気を遣っていたのに、どうして辞めてしまうんだ」という齟齬が生まれます。
もっとも、退職理由を「強く言われたから」のひと言で片づけてしまうのは現実的ではありません。確かに、厳しい指摘をきっかけに辞める人はいます。しかし、それが若手全体の傾向であるかのように語られるのはやや単純化しすぎです。マスコミの切り取り方で、実態以上に強調されている面は否めません。
本質的な問題は、上司が言うべきことを言えず、踏み込むことを避けてしまっている点にあるように思います。厳しい言い方になりますが、本気で部下に向き合い、自らも学び続けている姿を見せていれば早々に「見切り」をつけることは少ないはずです。逆に「無難にやり過ごせばいい」、「成長しなくても困らない」という空気が漂っていれば「この先ここにいても...」と感じさせてしまうのも無理はありません。
本気で部下と向き合い、自らも向上心を持つこと
4.部下が辞める職場に共通する"任せ方"の落とし穴
「任せる」と「放任する」を混同しない
部下が辞める。理由が何であれ、管理職にとってはショックです。入社間もなく退職したり、LINEで突然意思を告げられたりすれば「自分の関わり方がまずかったのではないか」と自責の念に駆られる方も少なくありません。
管理職を対象とした研修でこんな相談を受けました。部下に任せていたプレゼン当日、本人が現れず、結果的に退職に至ったというケースで「自分の接し方が悪かったのか」と、深く落ち込んでおられました。その方は「口出ししないことが本人のためになる」と考え、あえて介入せずに任せていたそうです。しかし振り返れば、その部下にとっては負荷が大きく、強いプレッシャーを感じながらも相談できずに追い込まれていた――その状態に気づけていなかったのです。
このケースで問題だったのは、指導の厳しさではなく、上司と部下の接点が少なすぎたことでした。尊重のつもりが「任せきり」になり、相手の不安や限界が見えなくなっていたのです。ただし、これをもって「指導が悪かったから辞めた」と単純に結論づけるのは適切ではありません。ここで鍵になるのは「任せる」と「放任する」を混同しないことです。仕事を任せる以上、結果だけを見るのではなく、途中で状況を確認し、負荷や迷いをすくい上げる。その関わりがあってこそ、任せることは育成になります。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
私事で恐縮ですが、研修の仕事が増えて講師の育成に取り組んだことがあります。私の研修方針を体系化して、同じように登壇できる人を増やそうと考えたのです。ところが、いざ任せてみると気になる点が目についてしまう。進め方、言葉選び、間の取り方など細部に目が向き「なぜ同じようにできないのか」と感じている自分がいました。そのときは私自身のメンタルに余裕がなくなっていました。
ところがある時、自分が無意識のうちに「自分と同じ型」を相手に求めていることに気づきました。そこで方針を改め「研修の骨子さえ外さなければ、あとは自由にやっていただきたい。あなたなりに組み立てて結構です」と伝えました。すると、講師たちものびのびと研修をおこなうようになりました。結果として、私自身の心理的な負担も減り、チーム全体のメンタリティも明らかに良くなっていったのです。
一定の裁量があるからこそ、人は安心して力を発揮できます。これは職場のメンタルヘルスにも直結します。管理職がこだわりすぎれば「こうでなければならない」という圧が強まり、現場に緊張と萎縮が生まれます。任せることは"型を複製する"ことではなく枠組みを示したうえで違いを許容することです。そうした環境が部下のメンタルを守り、職場のメンタリティも健全に保つことにつながるのだと思います。
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■記事公開日:2026/01/27
▼構成=編集部 ▼取材・文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか