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賀茂泉酒造株式会社
広島県東広島市西条上市町2-4

https://www.kamoizumi.co.jp/

水どころに旨い酒あり

兵庫の灘、京都の伏見、そして東広島の西条。これら3つの地域を"日本三大酒どころ"と呼ぶ。「米どころの新潟は入らないのか?」と思う方も多いだろうが、実際には、食米と酒造好適米(酒米)では品種自体に違いがある。酒米は粒が大きく麹が繁殖しやすい好条件を備えているが、食米として人気が高いコシヒカリなどは酒米に比べて粒が小さいうえ硬く、磨かれる工程で割れやすいため酒造りに向いていない。

では、何を基準に"日本三大酒どころ"と呼ばれるようになったのか。それは山から流れ出る伏流水のクオリティに因るそうだ。灘は六甲山、伏見は桃山丘陵、西条は龍王山からと、各々の産地ではその土地の酒の個性に相応しい伏流水が十分に確保できる。つまり、米どころである以上に水どころであることが旨い酒造りをする基準になる。これが"日本三大"を冠する上での一般的な見識であるようだ。そんな予備知識を携えて、日本三大酒どころの1つ、東広島西条の蔵元・賀茂泉酒造株式会社を訪ねた。

条件が同じでも異なる味わい

ご案内くださったのは賀茂泉酒造の取締役副社長・前垣壽宏さん。ゆくゆくは大正元年から続く銘酒・賀茂泉の看板を引き継ぐ四代目だ。そんな前垣さんは酒造りについて一般論を覆す意外な持論を展開された。
「西条では地名を冠して8つの蔵元から成る"西条酒造協会"が組織されておりまして、JR西条駅前の"酒蔵エリア"には7つの蔵元が集積しています。ここに酒蔵が集まった一番の理由は水です。ただ、水が酒の味に直接影響するわけではありません。いくら清冽な水であってもその違いを分かる人はまずいないでしょう。重要なのは酒造りをする上で不適格なものが含まれていないこと。ならばどこで味に違いが出てくるか。それは造り手の思いです」。

事実、基本的な環境条件は同じ西条の酒であっても、蔵が違えばそれぞれに酒造りの手法も違い味わいも異なる。またそれがブランドとしての個性にもなる。賀茂泉酒造は昭和40年代に純米酒の復活に取り組み、47年から精米歩合60%の純米吟醸酒を世に送り出し、全国的に賀茂泉ブランドを広めた歴史もある。

蔵主の考え方と杜氏の技術

では、酒の味や酒造りの方針を決めるのは誰か。これについては今と昔では「大きな違いがある」と前垣さんは話す。
昔は酒造りに関して蔵主(経営者)は深く関わらず販売と資金調達が主な仕事だった。そして実際の酒造りについては杜氏を始めとした"造り人"に任せる。このように仕事の棲み分けが明確になっていた。そればかりか、杜氏が自ら造り人をリクルーティングして給与の査定まで行うこともあったのだとか。つまり販売と生産が分離され、蔵には2人のリーダーがいたことになる。
ところが今はそうも言ってはいられない。各蔵元とも多様化する顧客の嗜好性に合わせて多彩な酒のバリエーションが必要になったため、蔵主と杜氏の距離が縮まり共有する部分が多くなっている。

「つまり今は、蔵主の考え方と杜氏の技術が一体となって各ブランドの酒の味が決められているわけです。しかもその背景には、マーケティング戦略というほど大袈裟なものではありませんが、一定の調査に基づいた裏付けを持って、それを衛生的かつ効率的に実現する科学的な技術手法も取り入れられている。こうしたことによってそれぞれの蔵の個性が際立ちブランド力が保たれます。これが現代の酒造りなのです」。

杜氏との関係は重要な経営課題

「賀茂泉は米の旨味を大切にした"濃醇"な味わいが特長です。いわゆる味が濃く、よく言われる"淡麗な飲み口"とは対極にある酒です。当然ながらそうした酒が私も好きですし、私が旨いと感じる酒を皆さんにも楽しんで欲しいと思います。そこで重要になるのが嗜好性を我々と共有できて、それを実現できる技術と柔軟性を持った杜氏の存在です」。

現在の賀茂泉の味のベースをつくったのは、蔵主二代目と共に純米酒復活に尽力した先代の杜氏で、今は先代のもとで20年ほど仕事をしてきた杜氏が賀茂泉の味を引き継いでいる。したがって、賀茂泉独特の濃醇さがブレることは決してない。これは多くの職人仕事がそうであるように「当然の成り行き」とも思えるのだが、こと酒造りについては独自の課題もあるようだ。

「賀茂泉酒造では杜氏を社員として雇用契約を結んでおり、前任者が40年、現在の杜氏が20年賀茂泉の酒造りに携わっています。ところが、杜氏というのはもともとフリーランスで蔵を転々とする人が少なくありません。というのも本業が農家で農閑期に仕事ができない時の季節雇用者が多いのです。ですから蔵の条件面に不満があると蔵主とケンカをして辞めてしまうというのはよく聞く話です。そこで新たな杜氏を採用しても必ずしも技量が同じとは限らない。したがって、杜氏と良好な雇用関係を築くことは蔵主にとって極めて重要な経営課題でもあるのです」。

酒蔵通りに異彩を放つ白い要塞

西条の観光名所ともなっている酒蔵通り。およそ800mにも及ぶ風情ある町並みにあって、賀茂泉酒造の酒蔵はひときわ異彩を放っている。というのも、周辺の蔵元が昔ながらの面影を残す建屋である一方、酒蔵通りの一番奥に位置する賀茂泉酒造だけが近代的な建屋に改築され白い要塞を築いている。おそらく初めて訪れた人はここが酒蔵であるとはまず思わないだろう。

「外観や設備は近代化しましたが、中でやっていることは何一つ変わりません。うちでは一般の方に蔵見学を開放していますが、皆さんのイメージする酒蔵というのは、木造の薄暗い建物で、大きな梁があって、その奥では上半身裸の人が立ち働いていたり杜氏の歌い声が聞こえたりというもののようで、ピカピカのステンレスの内部を見るとその落差に驚かれます(笑)」。

確かにそうした気持ちは分からなくもない。またそうしたイメージと相まって日本酒の魅力が醸成されているのも事実だろう。ただ、昔ながらの酒造りの現場は過酷だ。それに加えて食の安心・安全や人手不足が言われる今は、酒の質に影響を与えない範囲の効率化なくして事業としての成長は難しいだろう。

若・中年の"酒離れ"という壁

経済産業省の調べによるとここ10年の酒類出荷量は30%近くも減少傾向にある。一般的にこうした現象について「若者の酒離れ」が言われるが、データを見ると実はそれ以上に30代・40代の世帯支出が減少していることが分かる。つまり「酒離れ」をあえて定義するなら「若・中年の酒離れ」と言うことができるだろう。こうした中、賀茂泉酒造はいかなる策をもって今の状況を乗り切ろうと考えているのか。人気が頭打ちの日本酒に果たして"ブルーオーシャン"はあるのか。単刀直入にそこを聞いてみた。

「海外市場への展開が1つに挙げられます。賀茂泉酒造は地方酒としては早い段階から海外マーケットに関心を寄せていました。もう30年以上になるでしょうか。ただ当時は海外に移住した人や駐在員を相手とした日系マーケットに限られていました。それが2000年あたりを境としてアメリカを中心に現地の人が経営するレストランで"SAKE"として飲まれるようになったのです。その話題が世界中に広まってゆき、今ではこちらから売り込まなくとも商売として成り立つようになっています」。

確かにフランスあたりでは日本酒が大人気だと聞く。ただそれは「マスコミがクローズアップするほどではない」と前垣さんは慎重だ。実際には、海外での市場規模はまだまだ小さく開拓機会はこれからなのだと。そこで課題となるのは日本酒を知らない外国人に、米や水といったマニアックな情報を抜きにして、いかに"SAKEの旨さ"を伝えることができるかだ。またこれは、外国人相手に限ったことではなく、酒に馴染みのない日本の若・中年層に対しても同じことが言えるだろう。

日本酒人気は再来するのか

最後に、いま日本酒が置かれている現状を踏まえ、今後の賀茂泉の在るべき姿と前垣さんがお考えになる日本酒の未来についてお聞きした。
「日本酒をつくるのは長いスパンで物事を見なくてはなりません。田植えをして稲刈りをする。できた米を酒にして、さらにそこから1年以上寝かしてようやく販売に至る。つまり最終的には2年くらいの期間が必要になります。しかしながら、今の時代のスピード感では2年先など遠い未来の話です。大手の酒造メーカーなら数か月、数週間で店頭に並ぶ酒もある。したがって、そこに巻き込まれるような価値観や時間軸で勝負しようとは思っていません。そもそも今の流行りの酒は若めの資質のものが多く、品質的に耐久性に優れていません。となると当然ながら海外市場で展開することは難しい。これがマーケットを小さくしてマニアックな方々を対象にして商売をしようと思うなら足の短いデリケートな酒でもいいんです。でもそれでは日本酒自体の発展は望めません。このような現状を踏まえて、これからの賀茂泉の在るべき姿を考えると、やはりこれまでと変わりなく、時間はかかっても愚直に丁寧な酒造りをしてゆくことに行き着くわけです。とはいえこれだけ多くの価値観がある世の中ですので、全てが同じでなくてもいいと思います。そのあたりはワインが上手く戦略を練っているのではないでしょうか。一方では熟成された酒があり、また一方では毎年話題になるボジョレーヌーボーのような酒もある。それをお手本にするわけではありませんが、要は戦略的に売っていく知恵を持つこと。それが、これからの日本酒造りをする者には求められるスキルではないかと思っています。また、それができれば日本酒人気は必ず再来するはずです」。

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■記事公開日:2019/01/24 ■記事取材日: 2019/01/09 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=編集部ライター・吉村高廣 ▼撮影=吉村高廣

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