シリーズ清野裕司の談話室Vol.2 シリーズ清野裕司の談話室Vol.2

シリーズ清野裕司の談話室Vol.2

選択と集中は、有効な経営戦略なのか

20年近くにわたって経営トップに君臨したカルロス・ゴーンの退場で求心力を失った日産自動車は、2019年度の決算報告において、2023年度までの中期経営計画『NISSAN NEXT』の方針を発表しました。その概要は、事業規模の拡大路線を見直して、電気自動車(EV)事業への資源集中により収益体質の確立を図るというもの。その後は「EVの日産」と言わんばかりの徹底した変身ぶりです。ところが、新型コロナウイルスという予期せぬパンデミックにより、自動車需要自体が大幅に低迷。経営の立て直しは道半ばですが、株主からは厳しい声も挙がっているようです。

2000年前後から、企業が存在感を示し持続的に成長してゆくためには、コントロールできる範囲で選択と集中をおこなう必要性が強調されてきました。そうした一方で、ドラスティックな選択と集中をおこなえば経営崩壊を招くリスクがあるといった指摘もあり、経営の舵取りは難しい匙加減が求められています。そこで今回は、「選択と集中は、本当に有効な経営戦略なのか」を改めて考察してみたいと思います。

短期的には効果があるニッチャー戦略

これまで経営の現場で言われてきた「選択と集中」とは、市場適応力の高い事業や利益を生み出すことが期待できる事業を峻別すべく、それまでの事業展開を白紙に戻して再考し、最終的に特定した事業に集中的に投資をしてゆこうというものです。これは、総合化を指向していた大規模企業がニッチャー戦略に舵を切る場合に見られる経営戦略ですが、その発想自体は企業規模の大小によるものではありません。

マーケティング戦略の中でも、市場分析の基本と言われる「3C(Customer・Competitor・Company)分析」において、顧客(Customer)は、ある層を「選択」し、競争相手(Competitor)に対しては「差別化」を、そして自社内資源(Company)は峻別した事業に「集中」することが常道とされ、特定分野に特化した企業は収益性が高いと言われてきました。こうした3C分析が導くニッチャー戦略効果は、短期的に見れば異論をはさむ余地はありませんが、現在の経営環境は、同じことを10年間続けて変わらず収益を挙げてゆくことは至難の業。長期的に見れば「今はそんな時代ではない」というのが私の考えです。

100円ショップに見る経営戦略の多様化

企業が将来にわたって存続し、事業を継続してゆくためには、特定の事業が収益を上げている間に、新事業への種まきが必須。その好例が100円ショップです。コロナ禍をものともせず9,000億円マーケットに成長した100円ショップ市場では、ネット販売やコンビニなど販売チャネルの多様化のほか、商品の入れ替えサイクルが極めて早く、デザインやクオリティ、最新トレンドなどの需要変化を捉えた新商品が、1ヵ月サイクルでなんと700から800アイテムも投入されるといいます。

かつての100円ショップは「全ての商品が100円で買える」という価格インパクトだけのニッチャー戦略でした。それが、第2段階では「100円でも十分使える」にステージが上がり、さらに第3段階の今は、価格やクオリティ以外の商品力訴求を大幅に向上させることが事業継続の前提になっていて、同業他社との間では、常に熾烈な競争を繰り広げているのが実情です。
つまり、100円ショップの経営戦略は、絶え間ない選択と集中の連続で成り立っていると言っても過言ではありません。毎月、膨大な数の商品やメーカーを採用し、それと同じくらいの商品やメーカーが切り捨てられ、ラインアップを変えたり、販売チャネルを拡大したり、さまざまな工夫と決断をし続けて、小さな変化と進化を常に繰り返しているのです。

事業を1つに絞り込めますか?

何かを「選択」するということは、選択対象にならなかったものを切り捨てるということです。さらに、「集中」するということは、自社の強みを客観的な視点で再考して、それを明らかにすることでもあります。つまり、選択と集中は「排除の論理」でもあることも忘れてはなりません。平易に言うなら、「事業を1つに絞り込めますか?」という問いに対して答えを持つことが求められるのです。事業分野を1つに絞り込めば、マーケティングやその分析を定期的に実施することができるでしょうし、新しく商品開発をする場合も、総合的な事業展開をおこなう企業とは比較にならないほど多くの費用を投資することが可能になります。日産自動車のEV事業化などがまさしくそれです。

いずれにしても、経営戦略を見直そうとする場合は、自社の風土や成長ステージを慎重に勘案することが必要になります。選択と集中は万能な経営戦略というわけではありませんが、企業の事情に応じて益にも害にもなる戦略なので正否の判断は難しいと思います。もし御社が今、力を注いでみたい事業計画があるのならば、「本業は何か?」と自問してみることをお勧めします。経営改革の道しるべになるはずです。

清野裕司のmarketing eye

選択と集中は、企業の事情に応じて益にも害にもなる経営戦略です。

Yuji Seino
清野裕司


1947年生まれ。1970年慶應義塾大学商学部卒業マーケティングを専攻 。商社、メーカーにてマーケティングを担当し、1981年(株)マップスを創設。現在、同社の代表取締役。マーケティング戦略の立案、商品・店舗の開発支援、営業体制の整備、ブランド開発、スタッフ養成の研修まで、業種業界を超えたマーケティング・プランナーとして、2500種類のプロジェクト実績。

株式会社マップス ホームページ:http://www.mapscom.co.jp

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■記事公開日:2022/01/18
▼構成=編集部 ▼文=清野裕司 ▼画像素材=PIXTA

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