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Vol.30他人との距離

「他人との距離感」に悩むビジネスパーソンが増えています。「距離感がわからない」という悩みは、裏を返せば「相手の気持ちを察することが苦手」という問題に行き着きます。その背景には、自分の価値観を基準にして相手と対話したり、相手の感情を読み取る"こころの知能指数"(EQ:Emotional Intelligence Quotient)などの不足があると考えられます。
さらに、「詮索していると思われたくない」「余計なことは言わない方がいい」といった過剰な遠慮も、相手の気持ちに向き合う姿勢を妨げる一因になっています。
こうした課題に向き合うには、自分とは異なる価値観を想像する力を養い、他人との関係性の中で「どこまで近づいていいか」を丁寧に観察する。そして何より、不用意な言葉を慎むことが大切です。
そこで今回は、公認心理師・産業カウンセラーとして、長年、組織内コミュニケーションの円滑化に取り組んでおられる大野萌子さんに"相手の気持ちが遠ざかる不用意なNGワード"を解説していただきます。

NGワード① 私も同じだから、わかるよ...

相手がネガティブなことを話題にしたとき、自分も似たような経験をしたことがあると、つい「わかる、わかる!私も同じだったから」などと同感してしまう人がいます。しかし、「同感」と「共感」は似て非なるもの。実際に似たような経験をしていたとしても、他人と自分の考え方や価値観が「まったく同じ」ということはあり得ません。そのことを踏まえたうえで、メンタルが弱っている人や困っている人を慰めたり励ましたりするときは、「あなたと同じではないけれど、私も似たような経験をしたことがあるのでわかる気がするよ」という言い方のほうが適切です。
ただ、注意したいのは、その後、よかれと思って、「自分はこうだったから、こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」などと一方的なアドバイスをしないことです。お節介を焼きたくなる気持ちはわかりますが、相手と自分の体験は別物。どんなに説得力のあるアドバイスをしたところで、他人には役に立たないことがほとんどです。
私はカウンセリングで"安易な同感"はしません。ただ、会話の成り行き上、同意してほしいと察することは多々あります。そんなときは、「同じではないけれど」という前提ありきで話すよう心がけています。
安易な同感や一方的なアドバイスは×

NGワード② 言ってくれればよかったのに...

善意のつもりでも、「大きなお世話」というケースがほとんど
誰かが「実はあのとき、こんなことがあって大変だった」と打ち明けてくれたとき、「言ってくれればよかったのに」と返したことはないでしょうか?
「何か力になれたかもしれない」「相談してくれたら何とかできたのに」といった言葉は、たいてい善意から出るものです。けれども、当事者にしてみれば「大きなお世話」というケースが少なくありません。
私の友人は、あるトラブルをSNSで公開した際、知人から「水くさいな。手を貸せたのに」といったメッセージが返ってきて「とても嫌な気分になった」と話していました。友人にしてみれば、その人に助けを求める気持ちはサラサラなかったそうです。
こうしたすれ違いは、両者が抱く"相手に対する距離感の違い"から生まれます。少し厳しい言い方をすれば、「相談されなかった」という事実が「距離の遠さ=関係の浅さ」を物語っているのです。
それでも、力になりたかったことを伝えたいのであれば、「自分にはこういうことができるから、困ったときは相談してね」と"自分の一方通行な気持ち"を伝えるだけで十分です。たとえ親しい間柄であっても、何でも共有し合うのは不自然です。無理のない距離感こそ、穏やかな関係を長く保つ鍵になるのです。

NGワード③ 今まで言わなかったけど...

言いづらいことを伝えるときほど、言葉の選び方が大切になります。とくに我慢してきた気持ちを伝えようとする場面では、感情が高ぶりやすく、どうしても言い方が強くなりがちです。「今まで言わなかったけど」「はっきり言うけれど」などの前置きはよく使われますが、相手には高圧的に響き、「どうしたの、急に?」と身構えさせてしまうことがあります。

例えば・・・・・
●仕事の報告が遅い部下への指摘の場合
  • ・今まで言わなかったけど、なんでいつも報告が遅いの?やる気あるの?(×)
  • ・報告が遅れると次の工程に影響が出てしまう。もし困っていることがあれば相談して(〇)
●会議で話が長くなりがちなメンバーへの指摘の場合
  • ・はっきり言うけれど、話が長すぎていつも結論がわかりにくいよ(×)
  • ・丁寧な説明だと思うけど、要点をまとめてもらえると議論がもっとスムーズになるね(〇)

相手に対する不満が爆発して、不用意な物言いをしてしまうと"人格否定"と解釈され、モラルハラスメントになる可能性があります。大切なのは、相手を否定せず、具体的に"何に困っているのか""どんな改善を求めているのか"を伝えることです。
不満や違和感がある場合は、それが大きくなる前に、「ちょっと気になることがあるんだけれど」と、気持ちに余裕のあるタイミングで言葉を交わすことが肝心。伝え方次第で関係はむしろ深まることもあります。
高圧的な物言いは、モラハラになる可能性も

NGワード④ あなたはまだいいほうだよ...

励まそうとした一言が、相手を傷つけることもある
良好な人間関係を築いている人は、相手を他人と比べたり、「上から目線」の言葉を使うことがありません。とはいえ、励まそうと発したひと言が、思わぬかたちで相手を傷つけてしまうこともあります。その典型が、「あなたなんかまだいいほうだよ」という言葉です。
たとえば、「その程度のミスで済んだのだから、キズは浅いよ」という意図で、相手を励ますつもりで何気なく口にしたつもりでも、かえって相手のメンタルを一撃して孤独に感じさせてしまうことがあるのです。
こんな話があります。被災地でボランティアをしていた人が、「家は壊れてしまったけれど、おケガだけで済んだのは幸いでしたね」と声をかけたところ、被災者の方は「あなたに何がわかるんだ!帰る家のあるあなたに、被災者の気持ちがわかるはずがないだろう!」と、非常に強い憤りを見せたそうです。
「経済的に苦しい」と話す人に「なんとか生活できているから十分じゃない」と言うのも、容姿を気にしている人に「健康な体があればいいじゃない」と言うのも同じです。"他人事"だから言えることは、いくら励ましのつもりでも当事者を不快にします。どう声をかければよいか迷うときは、相手の事情や心情にはいっさい踏み込まず、「そうなんですね」と冷静に受けとめる姿勢こそが、何よりの思いやりなのです。

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

現代のビジネスシーンにおける「距離感の難しさ」は、個人の問題もさることながら、社会構造や価値観の変化に根ざした現象だと考えられます。
かつての職場には、ある程度共有された価値観や暗黙の了解があって、それに基づいた"ちょうどいい距離感"が存在していました。たとえば上司や先輩から、「キミのためを思って言っているんだよ」と言われれば、素直に受け入れる空気がありました。ところが今は、「上から目線でマウントを取られた」と感じる若手が少なくありません。これは、他者の感じ方を重視する社会へと移行してきた結果であり、同じ言葉でも相手に与える印象が異なるようになったためです。
また、ハラスメントへの意識の高まりも距離感に影響を与えています。「言いすぎてはいけない」「踏み込みすぎて誤解されてもいけない」と過度に気を使うあまり、必要なコミュニケーションまで控えてしまう傾向が広がっています。その結果、「どう関わればいいのかわからない」と戸惑い、距離を取りすぎる人が増えているのです。
つまり、「距離感がわからない」と感じるのは、単なるコミュニケーションスキルの欠如ではなく、時代の変化にともなう課題なのです。その認識のもとで、相手の感じ方に丁寧に向き合いながら、新しい関係構築のカタチを模索していくことが、これからのビジネスパーソンに求められているのではないでしょうか。
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■記事公開日:2025/07/29
▼構成=編集部 ▼取材・文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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