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ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.14断れない人のメンタルレスキュー


 新聞の投稿欄に次のような声がありました。「中3女子です。断れない人って、本当に優しい人なんですか?
 他人から頼まれるとなんでも引き受けてしまうクラスメイトがいます。ときどき困った顔をするけど、まわりから優しいなんて言われて引き受けてしまいます。嫌ならなんで断らないんだろうと思い、見ていてイライラします」。さて、皆さんはいかがでしょう。自分の時間を犠牲にしないよう、はっきり断ることが出来るでしょうか?
 一般的に日本人は頼まれごとをした場合、断ることが出来ずに仕方なく引き受けてしまう人が多いそうです。仕事上、後々の人間関係を考えると、はっきり「NO」が言えないこともあるでしょうが、それが続いた結果、ストレスから体調を崩してしまう人も少なくないそうです。そこで、断れない人の特徴や心理、その改善方法を、公認心理士の大野萌子先生にアドバイスしていただきました。

タメ息をつきながら引き受けてしまう

 断れない人は性格的に生真面目な人が多いように思います。特に、中堅以上のビジネスパーソンを見ていると、自分が手一杯でも他人から助けを求められると、どうしても「NO」が言えない人が多いようです。その背景には、「私が引き受けてスムーズに物事が進むのなら...」と、感情と行動に矛盾が生じて自己嫌悪に陥っても、半ば諦め気分で納得しようとする自己犠牲の精神があるようです。
 さらに厄介なのは、プライベートよりも仕事の方が優先と考える傾向があって、本来は他人がやるべき仕事を押し付けられても、タメ息をつきながらも引き受けてしまうことです。にもかかわらず、いったん引き受けたことは、最後まできちんとやり遂げなくては気が済まない。断れない人は完璧主義なのです。
 完璧主義者には"減点思考"が多く、周りから見れば些細なミスでも大きなダメージを受けてしまいがちです。つまり、失敗や妥協が許されない環境を自分で作り、そこに自らを追い込んで、知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでいる。これを救済するには"断れる自分をつくる"以外手立てはありません。
失敗や妥協が許されない環境を自分で作っている

せっかく声をかけてくれたのだから...

強い「NO」は人間関係に亀裂を生じさせることもある
 れっきとした理由があっても、相手の頼みを断ることはかなりの労力を必要とします。なぜなら、断るという行為には「拒絶」のイメージが付きまとっているからです。断ることによって、「今の関係性を維持することが難しくなるのではないか」「せっかく声をかけてくれたのに悪いことをした」などと考えてしまい、それが孤立することへの不安に繋がります。
 日本人はとかく"断り下手"だと言われます。その理由は、協調性を重んじて集団の中で自分の立ち位置や役割を意識する社会構造になっているからです。自分が断る(拒絶する)ことで、「その集団から外されてしまわないか」或いは、「その集団に値する働きが出来ないことにならないか」と考えてしまう。これは協調性が社会の基盤で"自分勝手は許さない"という、いかにも日本人的な発想です。しかしながら、断ることは、相手を拒絶することではありません。そもそも、全ての依頼や誘いを受けることは物理的に不可能です。ただ気をつけたいのは、日ごろ断り慣れていない中堅社員が「ここで断らなきゃ!」と力むあまり、強く「NO」を言い過ぎて、人間関係に亀裂を生じさせてしまう残念なケースも少なくありません。

断ったら二度と仕事が来なくなる?

 何を隠そう、私自身なかなか断れないタイプで、以前は、無理をして仕事を引き受け、ストレスがかかることが少なからずありました。そこを改めて考えてみると、結局のところ自分を大事に出来ていなかったのだと思います。"医者の不養生"という諺ではありませんが、仕事柄クライアントには、「まずは自分の気持ちを大事にしましょう」と言っておきながら、私自身の気持ちを後回しにしていた時期がありました。それでも依頼を断らなかったのは、「チャンスを失いたくない」という不安感情が強かったからです。
 こうした感情が芽生えることは、きっと皆さんの仕事の中でもあると思います。私たち世代のビジネスパーソンは、「仕事の依頼を一度断ってしまうと、二度と声がかからなくなる」と言われたものです。少なくとも私と同世代(或いは少し下の世代)は、"首は縦に振るために付いている"と思い込んでいる人も少なくありません。それはチャンスをモノにしたいという事業欲であろうし、先にも記した「せっかく声をかけてくれたのだから」という関係性の維持という部分もあります。
 ただ、それによって体調を崩すほどのストレスを抱え込むのはやはり宜しくありません。もちろん自分も辛くなるだろうし、せっかく声をかけてくれた相手にも迷惑をかけることにもなります。そこはやはり自分が今抱えている仕事量や時間、対応能力など諸々を考えて、どこかで線引きすることが正しい判断です。

体調を崩すほどのストレスを抱え込むのは×

自分軸で考えた"断る基準"を持つ

 こと仕事に限って言えば、自分なりに「受ける・受けない」の基準を持つことです。私の場合は、子どもが大学生になるまでは泊りの仕事を断っていました。どんなに遠くても、日帰り出来ることがマスト。今振り返ると、「やりたかったな」とか「また違ったその後があったかな」と思うこともありますが、内容の如何に関わらず断りました。でも、その基準をなし崩しにしていたら、家庭内で問題が起こっていたかもしれません。こうした体験から、その時々の基準を自分の中にしっかり持っていれば、「NOと言っても後悔することは少ない」と確信しています。自分軸で考えて、断る基準を明確にしておくことが、仕事を「受ける・受けない」で悩む時のベストな判断に繋がるはずです。

自分軸で"断る基準"を持つ
 
 片や、「頑張ればなんとか出来るかも知れない」と心が揺れる依頼もあります。そうした仕事については、今の自分の能力や労力のテリトリー内であればぜひともチャレンジするべきです。現在、私はハラスメントに関連した仕事を数多く受けていますが、昔、初めて依頼があった時は、近しい領域の仕事はしていたけれど、ハラスメントの経験が少なかったため「やります」と手を上げてしまってから猛勉強しました。それが今に繋がっているわけですが、その時は今より多くの時間があったため実現できたと思っています。
 自分の能力を高めたり、経験値を上げていく仕事は、ある程度は無理をしてでも引き受けるべきだと私は思っています。ただ、経験もない、自信もない、そして何より時間がないという場合は、目の前の仕事に最善を尽くすべきです。少しでも不安や迷いが生じるようなら、きちんとお断りした方がいいと思います。自分のキャパシティを越えて頑張っても、結果的に不本意な"やっつけ仕事"になっては本末転倒です。

相手を不愉快にさせない断り方

 まずは、案件発生時にあなたの顔を思い浮かべてくれた相手の気持ちを推し量り、声をかけてくれたことへの感謝の気持ちをきちんと伝えること、そして、今、自分が置かれている状況を正しく伝えて理解を促すことが依頼を断る時の大前提。最低限のマナーです。ところが、「今は立て込んでいて難しいです」などと不用意に切り返す人が少なからずいます。そうした常套句は、相手にしてみると肩透かしを食らった気分になります。具体的な案件名まで言う必要はありませんが、「今こういった仕事をしていて、状況的にお手伝いする時間が取れない」或いは、「要望に対するスキルが不足(経験不足)しているので却って迷惑をかけてしまう」など"受けられない理由"を明確に伝えないと、関係性を保っていくことは困難です。
  
 そこで断りを入れたとしても、縁があればまたどこかのタイミングで必ず声をかけていただけるものです。だからこそ、意思疎通のできる断り方をしておくべきなのです。「どうせ断るんだから適当でいいや」ではなく、断る時こそ心を込めて断るべきだと私は経験的に実感しています。
 ただそこで、興味もなければ、スキルや経験もないのに、「出来ればやりたいのですが」とか「またお声掛けください」といった"社交辞令"は必要ありません。なぜなら、次回また同じような案件を依頼される可能性もあるからです。むしろそうした場合は、「こういう案件があればぜひお手伝いさせてください」と自分の得意分野を売り込むくらいのスタンスでいることが、相手を不愉快にさせず、良好な関係性を保つ秘訣になります。
断る時こそ心を込めて断る

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

 上手に断る術を身につけていることは、出来るビジネスパーソンの必須条件の1つです。あらゆる場面で無茶な要望を言われたときは、はっきりと断らなければいけません。その一方で、断りの場面は、大切なコミュニケーション・シーンであるとも私は思っています。「この人はこの時期が忙しい」とか「こういう分野が得意なんだ」といった相互理解を深める上でも大事な交渉機会です。だからこそ、摩擦を避けようとして断る理由を曖昧にしていると、「なんだか分からないけど断られちゃった」と相手に不信感を与えることになり兼ねません。
 また逆に、こちらが依頼者になった場合、断られた後の態度次第でその後のコミュニケーションの在り様が変わります。相手が丁寧に断りを入れて来たとしても、断られたことに腹を立てて不連絡を装えば、断った相手の方が不愉快になって、「随分と一方的な人だな」という感情が芽生えます。上手に断る術(断られる術)を持つことは"コミュニケーション上級者の証し"とも言うことができます。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2022/08/22 ■記事取材日: 2021/08/05 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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