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ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.6コロナ禍で"承認欲求"をいかに満たすか


解剖学者で400万部を超えるベストセラー『バカの壁』の著者でもある養老孟子さんはこんなことをおっしゃっています。『他人は互いにわかり合えないものです。わかり合えないからこそ、言葉があるのです。』これはまさしく、コミュニケーションの本質を突いたメッセージではないでしょうか。私たちは"わかり合えないこと"を前提にしているからこそ、言葉という"道具"を上手に使うことで、信頼を得たり、経済活動を進めたり、さまざまな欲求を満たすことができるのです。ところがこの1年間、さらにこれから先しばらくは、世界中の人々が言葉の届きにくい環境に身を置くことを強いられそうです。

デジタル技術の進展によって、自宅でもリモートワークをおこなう環境を整えられる今は、決められた仕事をこなすだけなら出社せずとも大きな支障はありません。むしろその方が満員電車を回避できるし、束縛感から解放されて「のびのび仕事ができる」と考える人も多いはずです。ところが次第に「何かが足りない」と考え始める。その感覚はストレスとして蓄積され、やがてメンタルに不調をきたす人が現れ始めます。原因は、承認欲求が満たされないフラストレーションに他なりません。人の言葉が届きにくいコロナ禍のいま、どう承認欲求と付き合えば良いか。産業カウンセラーの大野萌子先生にお聞きしました。

テレワークで感じる疎外感と疑心暗鬼

少し前に、「自粛生活も我慢の限界」とばかりに、公園や路上で"外飲み"する人たちを問題視する報道がありました。しかしそれは、マスコミが意図的にクローズアップしたごく一部の現象で、多くの人たちはストレスを抱えながらも不要不急の外出を控え、テレワークに取り組んでいます。こうした中、2度目の緊急事態宣言が発令されてから、メンタル不調を訴える人が急増しています。

テレワークも最初のうちはいいのです。「やることさえやれば、後は自由に時間を使えるのだから」と、得をした気分でスタートする人も少なくありません。ところが、2、3週間くらい経つと"承認欲求"が頭をもたげ初めて、望んでいた自由が孤独に思えるようになってくる。さらにその孤独感が長期化すると、捌け口のないフラストレーションが肥大化して、「こんなに頑張っているのに誰も気にかけてくれない」と疎外感を感じたり、「この組織に自分は必要なんだろうか?」と疑心暗鬼になったり。結果、仕事に対するモチベーションが低下してゆきメンタル不調に陥るといったケースが、いま非常に多く見受けられます。

SNSの「いいね」は承認の代替えになるか

"承認欲求"とは、自分のことを「価値ある存在として認めてもらいたい」と願う欲求のことで、「自尊欲求」とも呼ばれています。これは、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した「自己実現理論(欲求の5段階説)」の中の、「集団に帰属したい」と願う"社会的欲求"が満たされた後に芽生える4段階目の欲求です。つまり、会社やコミュニティ、そして家族など、何らかの集団に属すことができて、その中で「存在価値を認められている」「大事にされている」「一目置かれている」「役に立っている」といったことを実感することで承認欲求は満たされます。また、人はある欲求が適度に満たされると、さらに高次の欲求を満足させようと努力する。これが人間の"成長の原理"でもあります。


ところが今は、承認欲求が満たされにくい環境にあります。そうした毎日が続けば、何らかのカタチで客観評価が欲しくなるのは当然で、いま、そのバランスをとる指標になっているのがSNSの「いいね」です。コロナ禍で料理のコミュニティサイトに写真をアップする人が急増したというのも、まさしくその裏付けと言えるでしょう。

テレワークをどれだけ頑張っても認められないけれど、シチュエーションを変えてSNSの世界に行けば、顔は見えなくとも必ず誰かが「いいね」と褒めてくれる。本来的には、不特定多数の人が自由に出入りするSNSコミュニティは、承認欲求を満たす集団と捉えることはできません。でも、満たされないココロのセルフレスキューとしてはお手軽な試みだと思います。ただ、そこに偏り過ぎてしまうのは危険です。料理であれ、何であれ、「いいね」を目指す行為はあくまで、テレワーク期間中のモチベーションを上げる手段に過ぎません。しかし、「いいね」を得ることが目的になってしまっては本末転倒。ふと我に返ったときに虚しさを感じて、「いったい何をやっているんだろう」と、自己嫌悪に陥ることにもなり兼ねません。
「いいね」が目的になると、自己嫌悪に陥ることも

間接承認をマネジメントに活かす

承認の仕方には"直接承認"と"間接承認"の2つがあり、承認効果にも違いがあります。例えば、企画会議であなたがおこなったプレゼンテーションの評判が良かったとしましょう。上司が「説得力があったよ」と褒めてくれれば、当然ながら嬉しく思いますしモチベーションも上がります。一方、上司から「キミのプレゼンには皆が感心していたよ」と言われたらどうでしょう。上司から直接褒められるより高い満足感(承認効果)が得られるはずです。

これは単純に、1人から褒められるのと複数から褒められるのとでは"承認に対する力量が違う"ということが挙げられます。さらに、悪い噂は耳に入りやすいけれど、良い噂はそうそう伝わってこないという社会的機能が関係しています。そこをあえて伝えてくれるというのは、当事者にしてみれば「組織の中で自分の価値を認めてくれた」と強く実感できると思いますし、自分の知らないところで、自分のことが話題に上がり、そこで「いい情報が共有された」というイメージを持つことができ、より一層、承認欲求が満たされるわけです。

これは、部下をマネジメントするテクニックとしても活用できます。とくに自宅時間が長引く今は、他の人が何をしているかが分からない、人が自分のことをどう思っているかが分からない、ということを強く感じてしまう人も多いので、管理職は部下と定期的に連絡をとり、仕事以外の日常的な話題を交えながらメンタルリサーチすることが求められます。

その時に、「〇〇くんと話していたらキミの話しが出たんだけど...」といった話をすることで、閉鎖的かつ懐疑的になりがちなメンタルも解放されて安定することが期待できます。つまり"承認"とは、相手の価値を認めたり、成果を褒めたりするばかりでなく、"存在そのものを認める"ということでもあるのです。コロナ禍における上司と部下のコミュニケーションを考える上で、ここは大きなポイントになります。
"承認"とは存在そのものを認めること

承認と迎合を混同してはいけない

最近は、子育てしかり、社員教育しかり"褒めながら育てること"が善しとされる傾向にあります。しかし私は、指導や指示は厳しくあって可だと思っています。「ウチのやり方を覚えてもらう」というのは組織の中では当たり前のことです。仕事ですから、「苦手なんです」とか「不得意なので」ということで済まされる問題ではありません。あえて言葉を選ばず言うなら、「やれよ」という話です。「承認」は迎合することとは違います。その人の頑張る姿や、努力した成果を認めるのが承認であって、ぜんぜんできていないのに「気にしなくていいよ」と甘い顔をすることが承認だと勘違いしてはいけません。何でもお膳立てされていると、自主性を削いでしまいますし、それに慣れてしまうと、自分でやったことを上司から指摘・修正されたりすると、「だったら先に言ってくれよ」という指示待ち人間になってしまう。手取り足取り教えるのは決して良いことではないのです。

ただ逆に、昔の職人さんのように、「ウチの師匠は何をやっても褒めてくれなかった」などというのは時代遅れです。言うべきことは言っていいと思いますが、相手の話しも聞くことが肝心で、「俺たちの時代は違った」とか「背中を見て覚えろ」などというのは、今の時代はハラスメントになります。「ヒントを与えて答えを出さない」そんな関係が今の在り方ではないでしょうか。
「ヒントを与えて答えを出さない」が今の在り方

承認欲求を満たす管理職の横連携

ほとんどの管理職の皆さんはコロナ禍になる前から強い承認欲求を持っています。メンタルヘルス研修などを受けて、部下の"心の陰り"のようなものを察知して、それに対処する方法はたくさん学ぶけれど、「自分たちのストレスマネジメントはどうしたらいいんだよ」と不満をもらす人が少なくありません。つまり、若い人たちのケアをしようという企業は増えていますが、チームを率いるリーダーたちにはなかなか手が差し伸べられていないというのが現実です。

ですから、管理職が鬱状態になった場合は深刻です。若い人の場合は半分甘えだったり、社会性未熟だったり、環境に合わなかったり、そういうレベルの話しですが、仕事も上手く回さなきゃいけないし、部下のメンタル面にも気を配らなくてはならない管理職は、まさしく自分をすり減らしているようなもの。心の不調のレベルが違います。そもそも管理職の場合は、「評価してもらえない」という前提があります。成果を挙げて当たり前、人をまとめて当たり前、と考えられがちで、部署内では孤立していて、誰かに相談しようにも妥当な人が見当たらないポジションです。

そこで大事にしたいのが、部署を越えた横の連携です。各々の部署で困っていることの共有などでも良いと思います。それによって、「自分だけが大変な思いをしているわけではない」と思えたり、他部署の問題解決方法を知って、「そういうやり方があったんだ」と気づくことがあるかも知れません。そのような交流が深まれば、自ずと承認欲求を満たす機会も生まれますし、実務レベルで新しいノウハウを手に入れることにもつながります。組織における承認欲求は、どうしても縦の関係で物事を考えがちですが、管理職の場合、横の関係に視点を変えてみることが非常に有効です。部署が違えば抱える問題も違うでしょうし、その解決策もそれぞれでしょうが、こと人間関係といった点においては共通する話題が必ずあるはずです。
管理職の場合、部署を超えた横の連携が重要

Point産業カウンセラー・大野萌子さんからの
メッセージ

自粛要請が長引く中、「家にいても毎日が楽しくて仕方ない」という方の話しを聞きました。その方はVRを使ってさまざまな楽しみを見出しておられるそうです。映像が3次元で展開されるVRですと、まさに目の前に相手が実存する感覚で会話できるそうで、家から一歩も出なくてもいろいろな人と臨場感を持って話が出来て刺激的だとおっしゃっていました。
テクノロジーが上手に発達してくれると、心の問題を解決する手助けになると思います。ただそれは、あくまでも"ツールとしての利便性"であって、本質的にはやはり、人と関わることの大切さが改めて浮き彫りになったようにも思います。なぜならその方は、VRという仮想空間の中で、自分一人で遊んでいるのではなく、"誰か"に会いに行っているわけです。カタチは違っても結局は人間関係の中で、存在や価値を互いに認め合うことで安心できたり、満足したり、楽しんだりしているのだと思います。
これからの時代は、群れるとか、依存するとか、皆同じならそれでいいという部分は徐々になくなって、独自性のようなものが強調されてゆくと思います。ただ、人と人同士が承認し合って物事を前に進める姿勢は変わらないと思います。どれほど優秀な人でも、一人でやれることは限られているわけですから。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
大野萌子先生の新著のご案内
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産業カウンセラーとして2万人以上にコミュニケーションの指導をされてきた大野萌子先生の新著が発売されました。「よけいなひと言」と「好かれるひと言」を15シーン・141例を挙げて紹介。人間関係がスムーズになる「言葉のかけ方」を著者ならでは視点で解説した一冊です。

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■記事公開日:2021/02/25 ■記事取材日: 2021/02/12 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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