ビジネスマンのメンタルヘルス ビジネスマンのメンタルヘルス

ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.17ミドルエイジ症候群『昇進うつ』


 20代の若手ビジネスパーソンにおこなった『出世欲』に関するアンケートによると、なんと8割近くの人が「出世したくない」と回答しています。その理由のほとんどは、「役職に就けば今よりも責任が増してプライベートの時間を犠牲にすることになるから」。20代の若者たちは、社会的な地位や給与よりも仕事と生活の調和に重きを置いていることが分かります。
 そうした一方、出世を望み、それを手に入れた中堅社員の中にも、メンタル不調(昇進うつ)に陥る人が増えているといいます。意欲的に努力を続け、あるところまでのポジションは得たものの、そこで「ポキっ」と心が折れてしまう。今の世の中は、出世することすらメンタルリスクの要因になるのか...公認心理師の大野萌子先生にお聞きしました。

そもそも、昇進うつってなに?

 メンタル不調に陥る原因はさまざまありますが、その中でも大きなファクターとなるのが昇進です。私は企業のメンタルカウンセラーとして多くのビジネスマンと向き合っていますが、昇進がトリガーとなってうつになる中堅社員(30代・40代)は「かなり多い」と実感しています。
 例えば、トップセールスだった営業マンが昇進して、部下の成績まで目を配るようになったら急に精彩を欠いてしまったり、優秀な技術者が管理職になって、生産性や売り上げを意識するようになった途端にメンタルに不調をきたしたり。営業職でも技術職でも、それまでは1つのことに集中出来ていたからこそ成果を出せていたけれど、昇進によってそれが出来なくなって負のスパイラルにはまり込んでしまうのです。
 そもそも優れた営業マンや技術者というのは、自分がやりたいように仕事を進め、結果に結び付けているケースが少なくありません。もちろん状況によってはそのような進め方が望ましい場合があります。しかしマネジメント業務は、個人プレーではなくチームの総合力で結果を出すことが求められます。そのギャップが埋められず、心が疲弊し、不安で気持ちが落ち着かなくなってしまう。それが『昇進うつ』です。
昇進によって、負のスパイラルにはまり込んでしまう

昇進うつになりやすい、自己完結型タイプ

人に任せた方が楽になるのは分かっているけど、
それが出来ない
 一般的に昇進うつになりやすい人の特徴は、まじめで責任感が強い人、全て自分でやらないと気が済まない自己完結型の人、そして、心が繊細で人に気を使い過ぎる人の3つのタイプが挙げられます。中でも私が「厄介だな」と思うのは2番目の自己完結型のタイプです。
 自己完結型の人は、成功体験に基づいた物事の考え方や行動指針を持っているので、自分の仕事の進め方以外を認めようとしません。その結果、仕事が立て込んできた時でも、「人に任せた方が楽になる」と思いつつも、なかなかそれが出来ない。「自分でやった方が早い」という思いが先に立って、手一杯の仕事とストレスを抱えて自分を追い込み、イライラしたり心のバランスを崩してしまいます。
 また、理想が高いのも自己完結型の特徴です。例えば、プレゼンテーションの企画書を作成する場合などでも、相手の期待以上のものを提案しようと、自分の気持ちが納得出来るまで頑張ります。勿論それは決して悪いことではありません。高い目標に向かって努力をする真面目さや、粘り強さが評価されて昇進という"ご褒美"が与えられるわけです。しかしながら、違った価値観を持っている人とは険悪なムードになりやすく、コミュニケーションを阻害する要因にもなる。"孤立したリーダー"はこうして生まれます。

自信がなければ、昇進は辞退すべきなのか

 会社から昇進や管理職登用を打診されるということは、一定の成果や能力を認められている証しです。多少の不安や迷いがあったとしてもチャレンジした方がいいと私は思います。
 ところが昨今は、「部下を指導したり育てたりすることに自信がない」という理由から、せっかくの昇進を辞退してしまう中堅社員が少なくありません。いうなれば、幅広くハラスメントが言われるようになった今は、「職場の人間関係でゴタゴタして気を病むくらいなら、出世なんてしない方がいい」というわけです。産業能率大学総合研究所の調査によると、管理職が最も多く時間を割いている業務は「部下とのコミュニケーション」という報告もあり、職場における人間関係の難しさが浮き彫りになっています。
 ただそれも、過度な思い込みはどうかと思います。昇進を迷う人の本質は、「未知なるものに対する恐れ」に過ぎないと私は思います。例えるならばクルマの運転です。免許を取ったばかりの頃は、恐る恐るハンドルを握っていましたが、慣れてしまえばなんてことはない(慣れに胡坐をかくのは危険ですが)。そのくらいの気持ちでいた方が、肩の力が抜けてクルマの運転も人間関係も上手くいくはずです。
 ただし、他人と関わるのが極端に苦手、他人を信用出来ない、という人は管理職には不適任です。また、女性の昇進が増えている中で、子どもが小さいうちから出張が毎週あるなど、物理的に条件が厳しい場合は昇進すると確実にストレスが蓄積されます。その時は優先順位を考えて答えを出す必要があるでしょう。

部下の責任を背負うくらいなら、出世なんてしなくていい

昇進だけじゃない!ミドルエイジ・クライシス

 昇進して管理・指導的な立場になった人に限らず、思うように昇進を果たせていない中堅・ベテラン社員のメンタルにも変化がおきてくるのが40歳前後の年代です。トレンドワードにもなった『働かないおじさん』などはまさにその代表例で、残りのサラリーマン人生に希望が持てず、「日々をどう凌いでいこうか」と考えている人は意外に多くいます。

ビジネスマンにとって40歳前後は"極めて危うい時期"
 
 これは、『ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)』と呼ばれる心理的な葛藤時期の状態で、別名『ゴーギャンコンプレックス』とも言われています。フランス人画家のポール・ゴーギャンは、もともと株式の仲買人として成功したビジネスマンで、絵を描くことは趣味でした。ところが、40歳になると「画家として生計を立てよう!」と思い立ち、妻子をフランスに残して独りタヒチへ旅立ちます。
 このエピソードに象徴されるように、40歳前後のビジネスマンは、人生の後半を目前にして「このまま一生を終えたくない」とか「自分の好きなように生きたい」という欲求が大きく膨らみ、得体の知れぬ焦りを感じる時期でもあります。良い意味でも悪い意味でも、大きな転換期になる場合もありますが、現状を大きく覆すことになりかねない"極めて危うい時期"とも言えます。心理学的にも、この年齢の人は突飛な行動を取ったり、メンタル不調になりやすく、離職率も高く転職する人が少なくありません。それこそ、「脱サラしてラーメン屋を始めたい!」などと言い出す人や、離婚する人もこの時期に多いのが特徴です。

悩みを共有して、昇進うつを予防する

 昇進うつを予防するには、ストレスを抱え過ぎずにうまく発散することが大事です。しかし、多くの人はそれが出来ずに、気づかぬうちに心の傷口を広げています。なぜなら、昇進は人生においてポジティブな転機であるため、「これは自分の甘えではないか」と思い込み、職場ではもちろんのこと家族に対しても相談したり愚痴をこぼすことが出来ないことが多いのです。ならば、学生時代の仲間に打ち明ければ良いかというと必ずしもそうではありません。なぜなら、同世代のビジネスパーソン同士では、ある程度立場が近しくないと悩みを共有出来ないからです。

 私は管理職研修の中でグループディスカッションをおこなうことがあります。ワークの中で「実はこういう悩みがあって」という発言を発端に話が活性化し、「同じ悩みを抱えていることが分かっただけでも良かった」という声を頂戴することも少なくありません。つまり、ディスカッションの中で解決策が見つからなくても、「自分だけではない」という安堵感を得ることによって乗り越える力が湧いてくるのです。自分の心の持ちよう次第でストレスは減り、確実にメンタルリスクは軽減します。そのためには、時おり同じ立場の人たちと対話の機会を持ち、情報交換することが、昇進うつの予防策としても有効だと思います。
同じ立場の人たちとの対話が昇進うつの予防策

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

 キャリア形成で悩んでいる人に、「ロールモデルを見つけなさい」とアドバイスするカウンセラーがいますが、私はロールモデルは必要ないと思っています。目標にすべきお手本があると、上手くいかなかった時にイライラしたり、「あの人に出来て、なぜ私にはできないんだ」と自分を追い詰めてしまうからです。
 また、昇進すると(或いは昇進を目指していると)張り切り過ぎて、なんでも自分でやろうとしがちですが、不得意分野の仕事にまで真正面から向き合うことは必要以上にエネルギーを要します。
 私は、経理・会計の仕事が苦手ですので、お金のことに関しては全て専門家に任せています。中には「経営者たるもの貸借対照表くらい読めないと」と言う人もいらっしゃいますが私は読めません。そこにエネルギーを使うよりも、任せられる部分は他人に任せて、自分の得意分野に注力した方がいい。無理にやろうとすると頑張り過ぎて潰れてしまいます。
 さらに、組織の中には親しい人も苦手な人もいると思いますが、適度に距離を置いた人付き合いをすることです。常にそういうスタンスで仕事をしていれば、メンタル不調に陥るリスクは軽減されるはずです。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2023/04/26 ■記事取材日: 2023/04/07 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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