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ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.12相手の話を聴けていますか? 傾聴のススメ


 芸人のカンニング竹山さんが出演するテレビドキュメンタリー『今君電話』(NHK Eテレ)が密かな人気です。竹山さんが「話したいことがある人は電話をかけて」とSNSで電話番号を公開。家族関係やコロナ禍による生活苦など、これまで他人に打ち明けられなかった思いに静かに耳を傾けます。竹山さんは、どんな話の内容であっても否定も肯定もしません。気の利いたアドバイスをするわけでもありません。それでも、電話をかけてきた人は明るさを取り戻して電話を切ります。まさしくこれは、竹山さんの"傾聴力"に他なりません。
 ビジネスパーソンが、相手(顧客・部下・同僚)と良好な人間関係を築こうとする場合にも、傾聴力が求められます。傾聴力とは、相手の伝えたい思いに理解を示し、信頼関係を構築する"聞く技術"のこと。例えば、上司が傾聴の姿勢で耳を傾ければ、部下は緊張せずに安心して話すことができます。メンタル不調者が増えてきた昨今、リーダー研修の一環として傾聴訓練を導入する企業が増えているのは大いに頷けます。そこで今回は、傾聴力の鍛え方について、40万部の大ベストセラー『言いかえ図鑑』の著者であり、多くのマスメディアでも活躍される公認心理師、大野萌子先生にアドバイスをしていただきました。

相手の話に集中できていますか?

 普段のコミュニケーションの中で、私たちは相手の話に集中しているつもりでも、集中しきれず、正確に理解できていないことがあります。ではなぜ集中できないのか。その理由について考えてみましょう。

①記憶が蘇る 「駅前のラーメン屋が美味しい」という話題になった時、「ああ、あのラーメン屋ね」と自分の記憶が蘇ると、相手の話を聞きながらも、脳は自分の記憶と合致させる作業をし始めます。その結果、自分の記憶に結び付けながら話を聞いてしまうため、独自のフィルターをかけてしまい会話の齟齬が生まれやすくなります。 ②感情が動く 「客先で嫌味を言われて頭にきた」と、部下が愚痴をこぼしたとします。そこで、自分にも同じ経験があった場合、「俺も言われたことある。あの部長ってすごく嫌味な人だよな。実はあの人......」と、部下の話を聞きながら自分の感情に意識が向いてしまう。あるいは、「この書類はどう書くんでしたっけ?」と後輩に質問され、瞬間的に「まずい!私も出してない書類があった」と、自分のことに感情が移ってしまう。これらの場合、相手の話を聞いていても、考えるべき対象が"私事"になって、話半分になってしまいます。

相手の話に集中するには「自分の体験に照らし合わせない」
③応答を考える どんなに些細な会話であっても、人は頭の中で相手の言葉を反復して「次はなんて言おうか?」と瞬時に考えているものです。"考えている"ということは、意識が自分に向いているということです。会話は、そうした状態を交互におこないながら構築されます。したがって、相手の話に集中しているつもりでも、実のところはあまり聞けていない、正しく理解できていないというのが実情です。

 以上が、誰にでも当てはまる"話に集中できない3要素"です。では、相手の話に集中するにはどうすれば良いか。心掛けたいのは、"他人の話を聞く場合は、自分の体験に照らし合わせない"ということです。

迂闊に言葉を発していませんか?


相手の気持ちが分からない段階で迂闊に言葉を発しない
 相手の立場で話を聞くには知識や経験が邪魔になります。なぜなら、「きっとこうだろう」と推測してしまうからです。家族や友人といった親しい間柄であればなおさらで、「こうあって欲しい」とか「こうして欲しい」といった自分の気持ちを介入させながら話を聞き、言葉を発してしまいがちです。とりわけ、普段から親しく接している仕事絡みの相手に対しては、話の聞き方や発する言葉により一層の慎重さが求められます。
 例えば、「結婚することになりまして」と言われたら「おめでとうございます」と言うのが一般的な応対です。ところが傾聴では、瞬発的な「おめでとうございます」は軽はずみなNGワードとみなします。なぜなら、相手にとって結婚がおめでたい出来事か否かは分からないからです。もしかすると、何らかの理由で結婚することに逡巡しているのかも知れません。したがって、いかに普段は気軽に話せる相手でも仕事の関係者については、「結婚なさるんですね」と反復するだけ(反復の仕方は後述します)に止めておいた方が無難です。そこで相手が、「そうなんです!」と嬉しそうなリアクションをとれば、初めて「おめでとうございます」とお祝いの言葉を発すると良いでしょう。結婚はあくまでも1つの例に過ぎませんが、万事において、相手の立場や気持ちが分からない場合は"迂闊に言葉を発さない"これが傾聴の基本です。

無表情で話を聞いていませんか?

 会話をスムーズに進めるためには、相槌が大きな役割を果たします。リモート会議やカウンセリングなどの場合、無表情で話を聞いていられると、「ホントに分かっていますか?」と不安になってしまいます。
 聴き手の方が所々で相槌を打ってくれると、「ここまではいいんだな」と安心して話を進めることができますが、相手の様子を見て「この人、分かってないかも知れない」と思うと、話が後戻りして、なかなか核心にたどり着けないといったケースも少なくありません。
 相槌は声に出すことが大切で、しかも単調でない方が好ましいように思います。「はい」とか「そうなんですね」など、いろんなバリエーションの相槌を大袈裟にならない程度に使い分けるとテンポよく会話を進めることが出来ます。ただ、「どんな相槌を打とうか」と考えていて肝心な話を聞きそびれてしまっては本末転倒です。カウンセラーのトレーニングでも、いろんなパターンの相槌を打てるようトレーニングをおこないますが、傾聴では、話し手が7、聞き手が3くらいの割合で話す分量を調整するように指導しています。

表情や声に出して相槌を打つと話がスムーズに進む

相手の気持ちに寄り添えていますか?


相手の気持ちに寄り添う"繰り返し技法"の効果は絶大
 相手の言葉を反復して確認することを、傾聴では"繰り返し技法"と呼びます。繰り返し技法は、当たり障りのない相槌より一歩踏み込んだ技法で、上手に使えば、相手に安心感を与えるばかりでなく、相互理解の合図にもなります。
 先に触れた「客先で嫌味を言われて頭にきた部下」のケースであれば、「そうか、嫌味を言われたんだ。それで頭にきているんだね」と同じ言葉を繰り返すと良いでしょう。気の利いたことを言うわけではありませんが、部下の気持ちに寄り添う効果は絶大です。
 しかし、これが単なるオウム返しだったり、下手な言い換えになってしまうと反発を食らうことにもなり兼ねません。例えば、「さすがに私も驚きましたね」と相手が言った時に「ビックリされたんですね」と言い換えたところ、「ビックリなんてしていませんよ。ただ驚いただけです」とクライアントを怒らせてしまったカウンセラーが実際にいます。これは、カウンセラーが使った「ビックリ」と、相手が使った「驚いた」のニュアンスに齟齬があったことが原因です。いわゆる言葉に対する認識の違いです。このように、感情を表す表現はニュアンスが微妙なのでアンタッチャブル。下手に言い換えてしまうのはトラブルのもとになります。

話を遮り機嫌を損ねていませんか?

 傾聴に限らず、他人の話を途中で遮る行為はマナー違反です。ただ、あまりにも話が長い、同じ話を繰り返しているという場合は遮って然るべきです。ただ、そこで肝心なのは"遮り方"です。相手が気持ちよく話している途中で、「そろそろ時間なので」とバッサリ切ってしまっては取り付く島がありません。そのような時は、「なるほど。今おっしゃっていることは、こういうことですよね」とか「ちょっと整理したいんですが、こういうことをおっしゃりたいんですよね」と、聞き手の方で話を要約すれば、話し足りなさが多少あっても相手は納得するはずです。
 また、「この人は話しが長い」と予め分かっている場合は、「今から30分お伺いします」と、前もって時間を告げておくと良いでしょう。これを傾聴では"時間の構造化"と呼びます。何も告げずに「そろそろ時間ですので」と言われれば、相手の機嫌を損ねることにもなり兼ねませんが、事前に断りを入れておけば、遠慮なく話をクローズに向かわせることができます。

「時間の構造化」で話をクローズに向かわせる

Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ

 悩みを相談しようという人は、話すことによって、何らかの答えを求めているのだろうと思います。同時に、思い悩んでいる時点で、「そう簡単に答えなどでない」ということも自覚しているのだろうとも思います。なので、話を聞いてもらうこと自体に意義があって、「どうにもならないことだけれど、今の気持ちを聞いて欲しい、受け止めてもらいたい」という、いわゆる"心の拠り所"のようなものを求めているのだと思います。だからこそ、上手に聞いてくれる相手が必要なのです。
 理想的な上司と部下の関係は、上司の高い傾聴力によって、この循環が上手く回っていると思います。ただ、傾聴は指示・命令とは相反するもので、切り分けて考えないといけません。なぜなら、部下の話を傾聴ばかりしていたら仕事の生産性が上がらないからです。相談を受けた時や相手が困っている時は傾聴力が役立ちますが、傾聴は万能ではありません。状況に応じて、上手に使い分けていただきたいと思います。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2022/04/11 ■記事取材日: 2021/03/06 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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