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ビジネスマンのメンタルヘルス

Vol.7怒りをコントロールする


青色発光ダイオード(LED)の開発でノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんは、記者会見で「怒りがすべてのモチベーションだった。怒りがなければ何も成し遂げられなかった」と話しています。日亜化学の研究者時代は、青色LEDの開発に取り組むも、なかなか成果が出せず、社内で「無駄飯食い」と批判される辛い環境に身を置きながら孤軍奮闘。その結果のノーベル賞受賞でした。サイエンスの世界のみならず、モハメド・アリのような天才アスリートも、怒りの感情が心身を活性化させ、対戦相手に応じた戦闘準備が自然にできたといいます。それはもう、生まれながらに備わった天賦の才です。

これらの話は"偉人伝"として読み聞きする分には勇気づけられますが、私たちの毎日に置き換えて考えることはできません。我々のような凡人が怒りに任せて行動していたら「社会性のない人」と敬遠されてしまいます。ビジネスマンは、怒りを武器にする必要はありません。胸の内におさめる技術こそが必要なスキルです。『怒りのコントロール』をテーマに、産業カウンセラーの大野萌子先生にお聞きしました。

一次感情にフォーカスして怒りの正体を知る

喜怒哀楽の中でも「怒り」は特殊な感情です。怒りは二次感情と言われ、最初に感じるのは怒り以外の感情です。怒りのもとになる一次感情には、「不安」「辛い」「寂しい」「痛い」「困る」「嫌い」「悲しい」「心配」など、さまざまなネガティブ感情があって、これらが怒りに変異してゆくのです。
例えば、大切な商談に向かう途中で電車が止まってしまったとしたら、まず芽生えるのは「困る」という感情だと思います。その状態がしばらく続くと、「いつまで動かないんだ!」といった感情に変化したり、あるいは、行列に並んでいて割り込まれれば、「不愉快さ」を感じ、それが次第に「何なのこの人?」という腹立たしさに変わることもあるでしょう。

職場に視点を移してみても、怒りの変異株は多々見受けられます。任せた仕事が約束通りの時間に上がってこなければ、「忘れているんじゃないか?」と「不安」に思うと同時に、自分がないがしろにされたような「寂しさ」が一緒くたになって怒りに変わるケースもあるでしょう。また、議論をしていて、相手に分かってもらえなければ、「自分が間違っているのかも?」という「不安」と、否定された「屈辱感」が相俟って怒りになるケースもあると思います。このように、怒りにはもとになる一次感情があって、そこにフォーカスすることで、「なぜ腹が立つ(立てている)のか」という、怒りの正体が見えてくるのです。

怒りの感情はうやむやにせず考え尽くす

人の言動や行動に対して、腹立たしく思ったり、傷ついたりすることは誰にでもあることです。しかしながら、いちいちそれに真正面から向き合っていてはメンタルが疲弊してしまいます。しかし、事と次第によっては腹の虫がおさまらず、一日中モヤモヤして仕事が手に付かなかったり、眠れなくなるほど考えてしまうようなこともあるでしょう。普通はそうした状況になると、「考えないようにして、早く忘れてしまおう」と自分に言い聞かせる方が多いのではないでしょうか。実は、メンタルヘルスの観点からすると、それは不毛な努力です。

「あいつ本当にムカつく!」と思ったら、気が済むまでムカついていればいいんです。「考えないようにしよう」と思って、忘れられればそれに越したことはありませんが、忘れられないのに、忘れようとすると、自分の中に"ムカつくあいつ"が強く認識されて、余計そこから離れられなくなってしまうのです。

「悲しみ」なども記憶喪失にでもならない限り、そのこと自体を忘れられるわけではありません。でも、しばらく時間が経てば大抵のことからは立ち直って必ず笑顔が戻ります。怒りも同じで、いずれ「まぁいいか」と怒りの感情を手放す時が訪れます。それまでの時間を短くするためには、腹立たしさやムカつく気持ちをうやむやにせず、集中して考え尽くすほうが効果的です。

昔、心理学を勉強していた時に、「失恋した女性が早く立ち直ろうと思ったら、部屋を暗くして、女性目線で歌われた失恋ソングを一晩中聞いて、その感情にひたすら浸るといい」といった文献を読んだ記憶がありますが、アプローチ自体はそれと近しいものがありますね。
気持ちをうやむやにせず、集中して考え尽くすほうがいい

"怒り心頭"で我を忘れた人は大迷惑

どれだけ腹が立ったとしても、モノの言い方にはマナーがあります。特にビジネスシーンでは心したいことで、感情を露わにして大声で怒鳴ったり、乱暴な言葉遣いで相手に迫ったり、社会人らしからぬ態度を見せてしまうと、「ああ、この人は社会性が身についていない人なんだな」という烙印を押されてしまうことになり兼ねません。感情的になって大きな声を上げれば、その場で相手を威圧することはできるかもしれませんが、トータルで見ると非常に損です。

また、社会秩序という点においては、コロナ禍でマスクをしていない人や、大人数で飲食する人たちを見て「こういうヤツらがいるからダメなんだ!」と腹立たしく思う方がいらっしゃるでしょうが、その怒りは妥当だと思います。だからといって、電車の中で大声で注意する"マスク警察"のような人はいただけません。いくらそれが正論であっても"怒り心頭"で我を忘れた人は大迷惑ですし、周囲にも悪影響を与えます。自分が怒鳴られているのではなくても、人が感情を露わにして人を攻撃している姿を見るのは、とても不愉快です。場合によっては、疑似体験のように恐怖を感じてしまう人もいるはずです。

感情のコントロールができない人は、視野が狭く自己コントロールできない人と見られてしまいます。周囲の人も威圧感や恐怖感を感じることがあるので、職場などではハラスメントになることも考えられます。 怒りを感じた時は、ひと呼吸おいて、自覚的に「一次感情=怒りのもと」を探ることです。そして、一次感情で感じた思いを冷静かつ具体的に、淡々と伝えることが"今の不愉快"を解決する一番の方法です。
感情のコントロールができない人は、
ハラスメントになることも

怒りを感じたら相手との距離を置く

怒りを感じた時に感情をコントロールする手法として、よくアンガーマネジメントが挙げられます。アンガーマネジメントでは、「カチン!」ときたら"6秒数える"ことが怒りを鎮める効果的な方法だと説いています。しかしアンガーマネジメントは、1970年代のアメリカで問題視されていたDV(家庭内暴力)や軽犯罪者の矯正のためにつくられた心理教育プログラムです。先に手が出てしまうことを防止する目的があり、それを日本のビジネスシーンに置き換えて応用するのは些か無理があると私は思っています。

相手の言葉や態度に腹立たしさを感じたら、その場で深呼吸することをお勧めします。怒りを感じると人は交感神経が優位に傾き呼吸が浅くなります。深呼吸には交感神経と副交感神経のバランサーとなる調整力があるため、心身が安定して怒りを鎮める効果も期待できます。このほか、その場から離れる、距離を置く、口を利かない、といったことも、腹立たしい気持ちをコントロールするには有効です。

逆に相手の怒りを鎮めるためには、「向こうで話そう」と言って、会議室や休憩エリアなどに場所を変えると、相手も冷静さを取り戻し、怒りのテンションは確実に下がるはずです。

いずれにしても、自分の心に怒りの気持ちが芽生えたら、また、相手の態度に怒りを感じ取ったら、まず深呼吸して、距離を置く(心理的・物理的)ことをお勧めします。気持ちというのは目に見えないし、そう簡単に変えられるものではありませんが、環境は自分の意思で変えられます。
相手に怒りを感じたら深呼吸して距離を置く

モンスタークライアントの対処方法

モンスターたちには共感対応してはいけません。前述したように、相手が我を忘れるくらい怒っている場合は、ペーシングしないことが鉄則です。つまり、必要以上にへりくだった態度を見せたり、反論したりするのは火に油を注ぐようなもの。あくまでも淡々と接するべきです。そうした対応をしていると、「お前なに冷静にしているんだよ!」と言われるかも知れませんが、そうした言葉には関知せず、こちらのペースを保つことが大切です。

あと、明らかに理不尽なものには取り合わない。とくにビジネスの場合はモンスターカスタマーや、モンスタークライアントが増えていますので、そうした方たちの理不尽な要求には毅然として取り合わないことが最善の対処方法になると思います。

最近、カスタマーセンターなどでも多いのが、通話料金に対する理不尽な怒りです。問い合わせ窓口がフリーダイヤルではなく、通話料金が発生するものも多くあります。そのことに関して、担当者が丁寧に説明しても、「客に通話料を払わせる気か」と強い口調で説教を始めたり、開口一番「かけ直せ!」と怒鳴るケースも増えています。このように、マナーも配慮もない理不尽な相手には取り合わないことも必要です。

ケースバイケースですが、基本的には、頭に血が上っている相手の場合には、相手のペースに同調してはいけません。また、それがあまりにひどかったら取り合わない、対応しないというのも、モンスターたちの対処方法です。
モンスタークライアントには共感対応してはいけない

Point産業カウンセラー・大野萌子さんからの
メッセージ

「怒り」は小さいうちに伝えることが大事です。私はよく、それをカレーに例えてお話しします。カレーには甘口、中辛、辛口と辛さの段階があるように、怒りにも「甘口の怒り」「中辛の怒り」「辛口の怒り」が存在します。甘口の怒りは、「ちょっと気になる」「何か違和感がある」といった程度の感情です。この時点で今の気持ちを相手に伝えておかないと、後々厄介な感情のもつれを起こします。
例えば、ビジネスの現場で、やり方が気に食わない、期限を守らないという人がいた時に、「このくらいならまだいいか」と思って見逃してしまうと、相手はその状況を良しとしてしまいます。で、言わずに時間が過ぎてゆくと、「ちょっと気になる」から「イライラ」に変わってゆきます。これが怒りの中辛状態です。イライラしている時にモノを言うと、イライラ感まで伝わって、相手にとってあなたは「ちょっと感じの悪い人」といった印象を植え付けることになります。
ところが、気持ちがイライラしていてもまだ言わない。感情的には「腹が立つ」「許せない」といった怒りの辛口状態になって、初めて思いを露わにする人がいます。当然ながら、この状態でモノを言えば、腹が立っているので、言い方もきつくなるし相手を威圧する感じになります。相手にしてみれば、突然そんな態度をとられても受け止められず、意思疎通は困難に。人間関係までスパイシーになってしまいます。

取材協力:一般社団法人 日本メンタルアップ支援機構
東京都中央区銀座1-3-3 G1ビル7階
https://japan-mental-up.biz/
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■記事公開日:2021/04/29 ■記事取材日: 2021/04/08 *記事内容は取材当日の情報です
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか

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