ストレスを感じやすい人にはいくつかのタイプがあります。中でも、「こうあるべき」とか「もっと良くなるはず」と完璧を求める人にストレス傾向が顕著に見られます。緻密に計画したり、向上心があることは決して悪いことではありません。しかし、時としてそれが自分を苦しめることにつながります。
周りから見て「十分じゃない?」と思うようなことでも、完璧を求める人は満足できるハードルが高過ぎるあまり、いつまでたっても達成感や充実感が得られません。その結果、一生懸命頑張っても「物足りなさ」や「不甲斐なさ」ばかり感じて不安をぬぐい切れません。また、このタイプの人は曖昧なことが大嫌いで、0か100かの「ゼロヒャク思考」に陥りやすく、たとえ90点の好成績であったとしても自分のことを過少評価して顧みるため、自己嫌悪に陥ることが少なくありません。ひいては、「他人の目がある場所では積極的になれない」という、自分にとっても会社にとっても望ましくない状況を生み出してしまいます。
完璧を求める人は満足できるハードルが高すぎる
「そこそこでOK」と思えれば自己肯定感が高まる
反対に、物事を前向きに捉えられる人は、どんなことも「そこそこでOK」と割り切ることが上手です。営業成績が振るわなくても「今月はこれで良し、来月はもう少し上を目指そう」とか、作った資料にダメ出しをされても「この程度の指摘で良かったよ」などと、自分に都合よく考えることができます。
そもそも物事は、0か100か、白か黒かがはっきりできないことがほとんどです。たとえば、同じ「赤色」でも日本の伝統色だけで107ものバリエーションがあって「これが正解」という赤はありません。これと同じように、どんなことにもグラデーションとしての「曖昧さ」があることを受け入れて、「不確かなことがあっても良い」と思えるようになれば、自分の努力を否定することもなくなり、自己肯定感を高めることができるようになります。
仕事もプライベートも、すべてに「100点」や「正解」を求めていたらメンタルが疲弊するのは明白です。「そこそこでOK」という思考力を身につければ、物事の捉え方や人付き合いも変わっていくはずです。
そもそも人の気持ちというのは、さまざまな要因によって変化するものです。1分前と真逆の意見になっていたとしても不思議ではありません。「他人からのアドバイスによって前とは違う気持ちになった」「自分で情報を調べたらこっちの方が良いと思った」「時間をかけて検討したら別の選択肢も見つかった」など、気持ちはその都度コロコロ変わるものです。
曖昧なことが嫌いで完璧を求める傾向が強い人は"自分の意見を変えること"に抵抗があるかもしれませんが、「時々の状況に合わせて柔軟に変化していく方が自然なことだ」と、抜本的に考え方を変えてみてください。「気持ちは移ろうもの」という大前提を頭の隅に置いておくだけであらゆる事象を別の角度から見ることができるようになるはずです。
「いやいや、性格だからそれはムリだよ」と諦めてはいけません。"日本一熱い男"と言われる元テニスプレーヤーの松岡修造さんは、もともとはネガティブ思考で頑固だったそうです。その結果、オーバーワークで怪我に泣き、「このままではダメだ」と思いリフレーミング。自己肯定的な考え方を重視してネガティブな状況をポジティブに捉えることで自己変容を遂げました。松岡さんは、「性格は変えられないけれど、気持ちの置き方次第で心は変えられる」とおっしゃいます。要は、考え方と割り切り方次第なのです。
気持ちはコロコロ変わるもの
「そこそこでOK」は持続可能性重視の"新しい強さ"
「そこそこでOK」という考え方は、過度なストレスを減らすのに役立ちます。ほどよく力を抜いて仕事に向き合えると、心の健康が保たれ、結果として長期にわたってパフォーマンスが安定することが期待できます。もちろん周囲とのバランスも必要ですが、自分の限界を認識して無理なく働くことはビジネスパーソンのメンタルヘルスを考える上でとても重要です。働き方改革やワークライフバランス重視の考え方が進む昨今は、「そこそこの働き方」で心に余裕を持つことが"新たな価値観"として認識されています。
そもそも、ベストパフォーマンスを発揮するために、寝食を惜しんで働いても必ずしも良い仕事ができるとは限りません。むしろ体調を崩したり、ミスが増えたりするリスクもあり、それがチームワークや品質に悪影響を与えることにも繋がりかねません。つまり、「そこそこでOK」の考え方は、楽をしようとするココロの弱さではなく、自分自身とチーム全体の持続可能性を重視する"新しい強さ"とも言えるのです。
Point公認心理師・大野萌子さんからの
メッセージ
企業のカウンセリングをしていると「会議で発言できない」という相談者がとても多くいらっしゃいます。自分の発言に対して「その意見は違う!と指摘されるのが怖い」「悪い評価をされたくない」などといった無意識の見栄やプライドが邪魔をしている、もしくは、「絶対に失敗できない」などという完璧主義的な性格から、気軽に発言できなくなっているのかもしれません。
何事も高い理想を持つことは良いことですが、「100点でなければ気が済まない」と考えている人は、「100点でないと評価してもらえない」と思い込んでしまう傾向にあります。ここから抜け出せずにいると、どんどん理想のハードルが高くなり、ますます自分を追い込むことになります。その結果、ネガティブ感情が強くなり、不安や落ち込み、怒りなどの感情が強まりやすくなるのです。
自分の中で「完璧主義なのかもしれない」と感じている人は、意識して"自分の中のOKライン"を低く設定するよう努めてください。真面目な人ほど抵抗を感じるかもしれませんが、「今の苦しみは自分自身の完璧主義にある」と気づくことができれば、他人からの評価を気にせずに仕事ができるようになるはずです。
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■記事公開日:2025/05/27
▼構成=編集部 ▼文=吉村高廣 ▼イラストレーション=吉田たつちか